「DEENらしさ」とは何か

「このまま君だけを奪い去りたい」という曲があり、それを歌い演奏するために結成されたバンド、DEEN。すでに決まっていた大型タイアップにより、この曲とDEENの名前は世に知れ渡る。その結果、イメージだけが先行してしまい、メンバーは苦悩することになる。

「DEENらしさ」を追い求める

『I wish』

ファーストアルバム以降に出した6枚のシングルは、まわりから見れば「どれもDEENじゃないか」と思えるかもしれないが、自分たちにとっては音楽的試行錯誤を重ねた上での6枚だった。外から見た「DEENらしさ」とメンバーが考えている「DEENらしさ」は違う。「DEENらしさ」は、メンバーが決めてしまうとワンパターンのカラーでしかなくなるが、線引きも必要。その葛藤がすごくあった。しかしアルバム『I wish』を出すことによってけじめがついた。言葉では説明できないが、今自分たちの中ではまとまっているつもり。これまでのイメージも、これから出てくる新しい面もすべて含めて「DEENなんだな」と感じてほしい。【『WHAT's IN?』1996年10月号(ソニー・マガジンズ)、p.97】

「夢であるように」〜『DEEN SINGLES +1』

今までの作品を一括して「DEENらしいね」と言われることが多かった。1997年は、過去の作品を見直し、DEENらしさをメンバーが考えるようになった。「夢であるように」は、そんななか4人で作った曲。DEENらしさも当然ありながら、意表を突く部分も出したかった。【『WHAT's IN?』1998年1月号(ソニー・マガジンズ)、p.101】

“この曲はDEENじゃなきゃ説得力ないよね”っていうのが、ホントにめざすところかもしれないな。(池森さんの発言)【『WHAT's IN?』1998年1月号(ソニー・マガジンズ)、p.101】

試行錯誤を重ねてきた結果として、ものすごくバンド感が出てきた実感があった。バンド感と言っても、ロックサウンドになったということではない。【『CDでーた』1998年3月20日号(角川書店)、p.22】

正直言って自分たちのほうがDEENらしさというのを意識しすぎてたときもありました。でもアルバムで、メンバー4人の音楽性を表現してくうちに、DEENでやるべきことは何かがわかってきて。だからこのシングルは試行錯誤しながらひと回りして、2周目に入った最初の曲という感じがするんです。(池森さんの発言)【『CDでーた』1998年1月号?(角川書店)、p.68】

DEENサウンドとはどういうものか、っていうのは常に考えますし、池森の声を生かす作り方を大切にしていくというのはあります(山根さんの発言)【『WHAT's IN?』1998年4月号(ソニー・マガジンズ)、p.95】

池森秀一の歌+三人の演奏=DEENサウンド

『DEEN SINGLES +1』〜『The DAY』

以前は世間一般が期待しているDEENサウンドっていったいなんだろう?とわりと内向的に考えていたが、『DEEN SINGLES +1』を出す頃からは池森が歌って僕らがプレイすれば、それがDEENサウンドなんだという気持ちになり、いろいろな可能性を探し始めた。【『CD HITS!』1999年1月号(学習研究社)、p.72】

「君さえいれば」

ベストアルバム『DEEN SINGLES +1』を作り、DEENの軌跡を確信したあとのシングルということで、「メンバーの気持ちの一体感が特に強くなった」という。新しいDEENのサウンドを作るため様々なアレンジを試すなど、試行錯誤を繰り返した。【無料冊子『Pause』(1998年12月20日配布)、p.13】

新しいDEENを見せたかったが、今までのDEENのイメージを大切に思っている人がどう受け止めるのかという不安もあった。【会報『DEENIM』Vol.17(1998年発行)、p.6】

今の僕らの音=DEENらしさ

『'need love』

このアルバムを作りあげてみて“やっぱり池森の歌声と詞、そしてメロディーがあれば、DEENらしい統一感が出るんだ”と言うのも、改めて感じられたんですよ。以前はボクらの意識よりも先に、DEENという名前と曲が一人歩きしてて、そこへ全員が必死で追いつこうとしてたような時期もあった。だけど今回、ようやくDEENという存在と、ボクらが等身大のまま重なりあえた。(山根さんの発言)【『ザッピィ』2000年6月号(メディアファクトリー)、p.56】

前はDEENっぽさを出さなきゃという思いがメンバーの中にあった。だが今の僕らを素直に音に表現していけば、それがDEENらしさになるだろうという気持ちになった。【『CD HITS!』2000年6月号(学習研究社)、p.75】

池森さんの歌が引き立つメロディーにするという考えは変わらないが、アレンジの面ではライブのテンションを持続させて作ってみようということで、バンド感を重要視した。それに加えて「今までのDEENだったらこうだろう」というところをハズしている部分もあるし、冒険している曲もある。今まで「DEENって何?」と考えてやってきた部分があることは否定できない。だけど池森秀一が歌えばDEENの色になるんだから、もっと冒険できるんじゃないかと思った。そうして取り組んだところすごく自由になってアイデアもどんどん出てきた。その変化はボーカルにも良い影響を与えた。池森さんは「こんなふうに音楽をやりたかったんだな」という思いを感じながら歌った。
池森さんは次のように話す。ーーここでデビューしたような気持ち。今までやってきたことがすべて繋がって足場がしっかりしたところでスタート・ラインに立てた。ここからだ、って思うんですよね。【『WHAT's IN?』2000年6月号(ソニー・マガジンズ)、p.109】

「DEENらしさ」の先にあるもの

デビューから10年

ひとつひとつのことを大事にやろうっていうモードに今まで以上になってきてるんです。それに、メンバー各自の持ち味をより発揮できる形になってきたなっていうことも感じますね。変わってきたっていうより、本来そうあるべき所にようやくたどり着けたっていうことなのかもしれないですけど(池森さんの発言)【『CD HITS!』2002年月10号(学習研究社)、p.89。たぶん】

デビューのときにあの曲(「このまま君だけを奪い去りたい」)と出会えて、右も左も分からないままミリオンヒットになって。いきなりだったので、セールスと曲のイメージだけが先にドーンッと行ってしまったから、それに追いつくまでに10年かかったのかもしれないですね。(池森さんの発言)【無料冊子『けむナビ』2003年1月号、p.13。たぶん】

とにかく、この10年、いろんなことにトライしましたけど、DEENというグループとしては、やっと今、スタート地点に立ったかなと思っています。
途中は、どこに向かっていいか分からないという状態もあったかもしれません。ターニングポイントとなった作品は『和音 ~Song for Children~』というアルバムです。でもあの作品で、童謡もふくめ、いろんな日本のスタンダード曲のシンプルさとか、すごさを実感して“心の鎖”が解けた気がします。「いい曲を演奏することが何より大事だ」っていう意識に、メンバー全員が変わりましたし。

それまでは、どうしても「みんなはDEENをこう思っている」みたいなパブリックイメージへの意識が強くて、それを守らなきゃいけないみたいな部分がありましたからね。でも、そういう模索や試行錯誤を繰り返してきたからこそ、今は最高のコミュニケーションが取れてます。グループとしての“芯”というか、ベーシックが完成した感じです。DEENというグループに対する自分たちのイメージと、やるべき音楽の姿が自然体で見えてきたこれからの活動。それは、ぼくらもわくわくするほど、本当に楽しみです。

【excite Music「特集・DEEN」、http://ent2.excite.co.jp/music/interview/2003/deen/、2003年11月】

「翼を風に乗せて 〜fly away〜」

DEENがバラードを歌っているということで、表面的には変わっていないように思われるかもしれませんけど、自分たちの感覚としては、かなり変わってきているんです。特に大きく変わってきたのは、自分たちのイメージにより近いものが作れるようになってきたということかな。(池森さんの発言)【『WHAT's IN?』2003年4月号(ソニー・マガジンズ)、p.73。たぶん】

「太陽と花びら」

「DEEN=夏」っていうイメージを持っている人たちが意外といるらしいんですよ。たぶん、特にDEENを意識してないような方々が僕らを間接的にとらえたイメージだと思うんだけど、もしかするといまだに「瞳そらさないで」(94年のヒット・シングル)とかの印象が残っているのかなって。だったら、そのイメージをいい形で生かして、今の僕らなりの“大人の夏のDEEN”を表現したものを聴いてもらいたいな、と(池森さんの発言)【『CD HITS!』2003年8月号(学習研究社)、p.60。たぶん】

DEENはみんなのもの

『DEEN The Best キセキ』

DEENは、自分たちのものを超えた存在になっていて、それを今回改めて実感しました。12年たって、DEENに対するかかわり方がやっとわかったような気がします。DEENはみんなのもので、僕らはそれに、歌や楽器で参加しているんですね。それは本当に幸せなことだし、僕もずっとDEENのファンでいられる気がします(池森さんの発言)【『CDでーた』2005年12月号(角川書店)、p.112】

「Starting Over」

DEENらしいラブ・バラード。だが池森さんは、みんなそう言ってくれるんですけど、自分ではよくわからないんです。でもわからないなりにやっているのが、いいところなのかなって思いますと答えている。【『CDでーた』2006年6月号(角川書店)、p.94】

自分もようやく純粋に音楽を楽しいと言えるようになった。20代の頃は“ロックやろうぜ!”なんて恥ずかしくて言えなかったよ(笑)。ロックに限らず、ソウルだ、R&Bだ…なんて、要は“DEENサウンド”すら消化仕切れてない自分が、見栄を切って“やろうぜ!”なんておこがましいと思ってたの。そういう変な自意識がなくなったんだよね。自分たちでDEENを遊べるようになった。今のDEENはロックだから(笑)(池森さんの発言)【『月刊Songs』2006年7月号(ドレミ楽譜出版社)、p.41】

『DEEN The Best キセキ』〜『Diamonds』

自分たちが描くDEENのイメージと、アレンジャーが描くDEENのイメージがまったく違っていて、すごく刺激になった。「ひとりじゃない」と「君さえいれば」を松浦さんに手掛けてもらったところ、ストレートにロックでバンドだった。「これだな」と自然に思えた。
わりと今までは作品は作品、ライブはライブっていう捉え方をしていた部分が大きかったんだけど、とにかく今回心の通じ合ったツアーメンバーで、バンドで録音をしよう!って
デビュー作くらいの気持ちで臨んだ。
やっと俺たちバンドとして、こういう作業をしていけば、自分らのいい所が惹き出されるんだなって
デビュー当時もロック的なアプローチをしていたことがあるが、
DEEN=バンドっていうイメージが定着してなくて、僕の声と曲=DEEN みたいなイメージだけが一人歩きしてた バンドである以上は個性も出したいし、試行錯誤してきた事がやっとこのアルバムで見つけられた
(池森さんのお話を要約)【無料冊子『DOMO』(2006年11月1日配布)】

変わるものと変わらないもの

『DEEN PERFECT SINGLES +』

音楽性の変化はたくさんありましたが、池森の声を活かす曲作りをしてきたことは、変わらないDEENの本質ですね。(山根さんの発言)【無料冊子『VA』2008年6月号、p.25】

J-POPというフィールドでやっているが「音楽のジャンルは何?」と聞かれたら「DEENです」と言えるような形がようやく掴めてきた。こういうのをやればDEENらしいんじゃないかとか、ずっと模索してきたが、今は自然体でやれて、それがすごくDEENらしい。(田川さんの発言を要約)【2008年1月7日放送のbayfm「夜カフェdeen」105回目より】

『Graduation』

これまでも、DEENのサウンドはこうじゃなきゃ、といった固定観念を取り除きながらやってきたと思いますし、だからこそできたアルバムだと思います(田川さんの発言)【『CD & DLでーた』2011年7月号(エンターブレイン、2011年発行)、p.47】

例えば以前はヒット作が自分たちにとって、ちょっと葛藤を呼ぶものでもあったりしたんですよね。やはりヒット曲がDEENのイメージとしてあるので、“これからもそれに沿った楽曲でなければいけないんじゃないか?”と悩んでいた時期もあります。似て異なるというか焼き直しになりがちな時代も確かにありましたけど、やはりライブを毎年やっていく中で、いろんな色のある楽曲を披露しないと広がりが出ないんですよね。バラードが支持されているからといってバラードばかりやっていると大変なことになるじゃないですか。だから、“こういう曲がうちにはないな”とか、“こういう曲をやればもっと盛り上がるのに……”という思いの積み重ねがその後の楽曲やアルバム制作に生かされていると思います。イメージは大事にしながらも、今までになかったタイプの楽曲が入ることで、ライブもショーアップされる。常に僕たちは作品とライブというのはセットというか、同じウェイトでやってるつもりなんですよ。(田川さんの発言)【『Guitar magazine』2011年8月号(リットーミュージック、2011年発行)、p.193】

『DEENAGE MEMORY』

池森「僕がよくDEENの活動年数を、“年齢”に例えるのは、デビュー当時の僕らが、何も知らない赤ん坊だったからなんです。DEENというバンドのデビューのために集められ、右も左もわからないまま気がつくと楽曲が多くの方に支持していただいた。そんなヨチヨチ歩きだった僕らも、少しずつ世界を学び、“7歳”で、ようやくセルフプロデュースを始めました。干支が一回りした“12歳”でデビュー曲のセルフカヴァーに挑戦し、“15歳”で初の武道館ライヴを開催! そして、ついに今年で“ハタチ”になるわけです。ハタチと言えば、自分の判断でいろんなことに挑戦できる年。ようやくDEENも大人になりました(笑)。でも、そう考えると、不思議とワクワクしますね」

田川「20年の間には、様々な変化がありました。特にセルフプロデュースになってからは、いろんなテイストのサウンドを積極的に取り入れ、DEENの持つ可能性を広げていこうと模索した時期も…。ところが最近は、手札を増やしていくよりも、DEENというものを守っていかなければならない、という気持ちが大きくなってきていて。“リスナーの皆さんは、こういう気持ちでDEENを聴いてくれているんだろうな”ということを想像して、その期待に応えようとしている自分になっていることに気づいたんです。20年を超えても、この気持ちがブレないようにしたいです」

山根「時代にも、ミュージックシーンにも、その時々の“流行り”というものが必ずあります。それに惑わされずにやってこられたのは、僕ら自身が“DEEN”という存在だけを、ひたすら真っすぐ追い続けてきたからだと思います。3枚組のベストアルバムが出せるほどの良曲にも恵まれ、ずっと応援し続けてくれているファンの方もいれば、つい最近になって僕らを知り、初めてライヴに足を連んでくれたという方もいて。まさにすべての "DEENAGE" が、僕らにとっては、かけがえのない宝物です」

「僕らは "DEEN" を追いかけ続けてきた」と語るメンバー。追いつく日は来るのだろうか?

池森「以前、“デビュー当時のDEENは、無形で無色の存在だった”と言いましたが、もしかしたら今も、そうなのかもしれません。なぜなら僕は自分を、DEENプロジェクトの歌い手だと思っています。つまり僕らがDEENなのではなく、20年の間でDEENに関わった人は、皆DEENの一部なんです。これからも僕らは、みんなが楽しく集まれる“場所”を守っていきたい。ハタチのDEENが奏でる音に、どうぞ期待してください」

以上は『DEENAGE MEMORY』のセルフ・ライナー・ノーツより。感動的なお話で要約しづらかったためそのまま載せました。

ギターにインパクトがあり過ぎて、その音にリスナーの耳が引っ張られるのはDEENではないんですよ。やはり歌、歌詞、ハーモニーの3点セットが前に出てこそDEENだから、あくまでもヴォーカルを引き立たせる音でありたいと思っています。(田川さんの発言)【『YOUNG GUITAR』2013年9月号(シンコーミュージック・エンタテイメント、2013年発行)、p.72】

今までもヴォーカルが一番引き立つギター・プレイを心掛けて来ていて、それは20年間変わっていないんですよ。歌詞がしっかり耳に飛び込んで来て、メロディー・ラインが頭に残って、何度も聴いているうちに「いいギター弾いてるじゃん」って言ってもらえれば、僕自身はそれでいいかな…と思っています。(田川さんの発言)【『YOUNG GUITAR』2013年9月号(シンコーミュージック・エンタテイメント、2013年発行)、p.71】

最初の10年は、がむしゃらに制作に邁進してきて、次の10年は、ファンの方と一緒につくり上げてきたような気がします。だから、特に後半の10年には重みを感じていますし、自分たちが発信するだけじゃなくて、ライブに集まってくれるファンの人と、いかに一つのものをつくり上げていくかということが、大切だなって実感しています。(田川さんの発言)【『CD & DLでーた』2013年4月号(エンターブレイン、2013年発行)、p.61】

メロディづくりにも、一貫した何かがあるような気がします。デビュー当時の、さまざまな方から提供していただいた曲から続いている、DEENらしさみたいなものはありますね(山根さんの発言)【『CD & DLでーた』2013年4月号(エンターブレイン、2013年発行)、p.61】


情報が2013年で止まっているのは、管理人が満足してしまったせいです。あれから12年。