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事務所に衣装のクローゼットがある。スタイリストが付かない時は自分でそこから選ぶ。【2006年1月23日放送のbayfm「夜カフェdeen」4回目より】
ライブの衣装はスタイリストに任せている。だが、田川さんのアクセサリーは自前。池森さんはグッズのアクセサリーを着けている。【「DEEN Summer Resort Live '07」の佐賀公演にて発言】
ライブだと田川さんはなぜかタンクトップやノースリーブを着せられる。
田川さんは、衣装のリクエストはほとんどしない。――スタイリストの井上さんが“TAGAWA”に着せてみたいものを毎回選んで持ってきてくれます。
【たがブロ、2012年10月26日付の記事「in 静岡(定嗅日)」、http://www.deen.gr.jp/tagablo/archive.html?method=articledetail&aid=1811、2013年7月19日アクセス】
【ココログ、「ココセレブ: Specialインタビュー Vol.64 DEENさん(後編)【2】」、http://celeb.cocolog-nifty.com/interview/2008/05/vol64_deen_fcdb.html、2012年5月4日アクセス】
池森さんがインポートもののCDについて話した際、英語表記のものは、なんとなく読めるんですけど、ポルトガル語はですね、ちょっとなんて書いてあるかわからないものもありますんで
と発言した。【2008年4月21日放送のbayfm「夜カフェdeen」120回目より】
レギュラーラジオ番組「夜カフェdeen」にボビー・バレンタイン氏がゲスト出演した際、池森さんはボビー氏の英語を理解しているようだった。(通訳さんが和訳する前に笑うなどしていた。)
田川さんはブログにボビー・バレンタイン氏に向けて英文を書いたが――Speak English very well.みたいな設定になっちゃってますけど…言っておきますが、全然ダメダメですからね
【たがブロ、2012年12月21日付の記事「Shu~~↑↑」、http://www.deen.gr.jp/tagablo/archive.html?method=articledetail&aid=8795、2013年8月3日アクセス】
田川さんは、スティーヴ・ヴァイ氏のライブを見たあと、ヴァイ氏と英語で話したとブログに書いている。【たがブロ、2013年8月3日付の記事「神☆降臨☆彡」、http://www.deen.gr.jp/tagablo/archive.html?method=articledetail&aid=24592、2013年8月4日アクセス】
山根さんは英語を話せない。【会報『DEENIM』Vol.29(2001年発行)、p.8】
デモ段階の曲の歌詞はフェイク・イングリッシュ。山根さんがよく使うフレーズは "I need love you"。【『月刊歌謡曲』2006年11月号(ブティック社、2006年発行)、p.29】
ファンからのレポート(1999年12月31日のライブレポート)に、「DEENのお子ちゃま代表、池森くん」と田川さんが言っていたように、池森さんが夜に弱いということも初めて知りました。
と書かれている。【会報『DEENIM』Vol.21(1999年12月発行)、p.9】
池森さんは苦いものが苦手とも言っている。その辺りもお子ちゃま。【要出典】
池森さんが早く寝るようになったのは10年くらい前からかな、とのこと。夜中ではなく日中にスタジオを使えるようになったため。【2015年10月17日、「CD & DLでーた presents たまプラーザテラス5周年special ニューシングル『ずっと伝えたかった I love you』発売記念DEENミニライブ」にて発言】
池森さんは花粉症。【会報『DEENIM』Vol.26(2001年発行)、p.4】
ひどい花粉症のスタッフがいて、池森さんはいじっていた。しかし上京してから5年くらいたった頃、自身も花粉症になった。認めるのが嫌で「違う! これは風邪!」と言っていた。【「DEEN PLUGLESS TOUR 2012」の茨城公演にて池森さんが発言】
池森さんが花粉症のため、その時期は制作期間であり、最高の歌を届けたいため割と忙しくない。【「DEEN LIVE JOY-Break15 ~History~」の群馬公演にて田川さんが発言】
池森さんによると、自身の花粉症の症状は年々和らいできているという。――体温を上げる物を摂るようにしてから随分変わってきたようです。くず、生姜紅茶、にんじんりんごジュース等・・・
【DEEN公式ブログ、2011年2月23日付の記事「花粉....」、http://gree.jp/deen_g/blog/entry/553644049、2013年7月1日アクセス】
池森さんの書き込みより――僕はスリット治療に出会い今年で2年目、お陰様で去年は症状も軽く3月にビルボードツアーをやれたくらいです。
【DEEN公式ブログ、2013年1月31日付の記事「池森です。」、http://gree.jp/deen_g/blog/entry/661682506、2013年7月17日アクセス】
池森さんは花粉症が完全に治ったわけではないそうだ。【2016年6月4日、「銀座山野楽器 プレミアム“クローズド”イベント」にて発言】
田川さんは花粉症ではない。【会報『DEENIM』Vol.10(1997年発行?)、p.8】 & 【会報『DEENIM』Vol.58(2009年3月発行)、p.13】
最近悔しかったこととして、田川さんは「花粉症」と答えた。毎年怪しいらしい。【2013年3月9日放送のNACK5「HITS! THE TOWN」より】
池森さんの話の要約――年々ライブが多くなってくると体がしんどくなってくる。これは鍛えるしかない。走ったりジムに行ったりしていたが、体作りのスペシャリストと出会うことはなかった。ここ何ツアーか、トレーナーに付いてきてもらった。それは体をほぐすことが専門のトレーナー。張った体を戻すためのマッサージとかストレッチとか。体が張ったままステージに上がっていくと、そのうち声が出なくなってくる。ここ2・3年は彼に力を借りてやってきた。でもあるとき、これをプラスにするためにはどうしたらいいかと思った。武道館ライブをやったときに、2時間終わったあとにもう一回できるくらいの気分を得たいと思った。そう思っていた矢先に、コンディショニングトレーナーと出会った。武道館ライブの一週間くらい前に出会って、そこから体作りをして、今年のツアーはずっとやっている。ステージに上がる前にひと汗かく。それによって最初からトップギアでいける。二十代のときはそんなこと(体のメンテナンスをするなんて)思いもしなかった。勢いがあったから。【2008年12月1日放送のbayfm「夜カフェdeen」152回目より】
池森さんの話の要約――アルバム制作が終わったら二週間くらい、プロ野球選手にまじってキャンプに行ってくる。どのぐらいプロのアスリートについていけるか、吐くぐらい自分を追い込んでみたい。武道館ライブに向けて。【2009年1月5日放送のbayfm「夜カフェdeen」157回目より】
池森さんは「マスターストレッチ」というものを体験した。【DEEN公式ブログ、2011年8月6日付の記事「マスターストレッチ」、http://gree.jp/deen_g/blog/entry/592609302、2013年7月1日アクセス】
池森さんは朝、散歩をしている。【2015年10月17日、「CD & DLでーた presents たまプラーザテラス5周年special ニューシングル『ずっと伝えたかった I love you』発売記念DEENミニライブ」にて発言】
池森さんは以前、砂浜を走っていると話していた。【出典忘れたけど】
DEEN初出演のショート・ムービー。長野県上田市で撮影された。
2003年はDEENにとって新しい一年目ということで、演技にも挑戦した。【Excite、「ミュージック(音楽)特集・DEEN」、http://ent2.excite.co.jp/music/interview/2003/deen/in03.html、2012年5月4日アクセス】
この映画の話になるたび、池森さんは「演技は難しい」とか「歌う分にはいいけど、セリフは恥ずかしい」など言う。
池森さんはたった一行のセリフがなぜか覚えられず、座っているシーンではひざの上に台本を置いて撮影に臨んだ。【2016年11月1日のニコニコ生放送『DEEN & キャイ~ン初生出演!!!ニューシングル「遊びにいこう!」発売記念 KYADEEN(キャディ~ン)でいってみよう!』にて発言】
曲ができてから歌詞をのせる。【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.4】
DEENは曲先行。アレンジまで終わらせる。【会報『DEENIM』Vol.8(1996年発行?)、p.3】
6・7年前(『The DAY』の頃)は整った環境もなく、スタジオもいっぱいで押さえられず、池森さんは自宅のスタジオでデモを作っていた。【会報『DEENIM』Vol.43(2005年6月発行)、p.6】
仮歌は曲を作った本人が歌っている。【2005年10月3日放送のbayfm「IKE-IKE-FOREST」27回目より】
「光の珠 ~The shining ball~」は初めて歌詞からできた曲。歌詞を先に書くとわりと制限が多いため、DEENは曲を先に作る。曲を作ってから、もしくはアレンジしてから、その曲に合う歌詞を書く。【2006年8月7日放送のbayfm「夜カフェdeen」32回目より】
曲はバラードに作っておくことが多い。バラードをゆっくりとしたテンポで作ってストックしておく。アルバム制作に入ると、ストックの中から曲を選ぶ。アルバム全体のバランスを考えた結果、バラードからアップテンポになった曲は、実はたくさんある。アップな曲をバラードにすることは、まずない。(池森さんの話を要約)【2006年8月7日放送のbayfm「夜カフェdeen」32回目より】
DEENのために作っていたが、ハードになりすぎてソニックトリックのほうがいいかななど、作っているうちに分岐することもある。(田川さんの話を要約)【2006年8月28日放送のbayfm「夜カフェdeen」35回目より】
仮歌のフェイク・イングリッシュがそのまま歌詞になることもある。「Sunrise Sunset」はデモの時から "Sunrise Sunset" と田川さんが歌っていた【2007年8月20日放送のbayfm「夜カフェdeen」86回目より】。「ROAD CRUISIN' ~ジョニーとルーシーの物語~」のデモには "Hey Johnny . . . " と入っていた【『月刊Songs』2011年7月号(ドレミ楽譜出版社、2011年発行)、p.45】。
田川さんはゲームを全くやらない。【会報『DEENIM』Vol.9(1996年発行?)、p.10】
田川さんはコンピューター相手の囲碁にはまっている。兄に薦められて読んだ「ヒカルの碁」がきっかけ。【会報『DEENIM』Vol.34(2003年3月発行)、p.5】
田川さんと山根さんの共通の趣味はプレステ。【会報『DEENIM』Vol.40(2004年9月発行)、p.2】
池森さんは2002年(上旬だった気がする)ラジオ番組に出演した際「ゲームはあまりよくないですよ。外で遊びましょう」と発言した。
池森さんはあまり遊ばないが、「テイルズ オブ ハーツ」のためにニンテンドーDSを購入した。山根さんは普段から移動中などに結構遊ぶ。「テイルズ オブ ハーツ」発売前は「テイルズ オブ イノセンス」をプレイしていたとのこと。田川さんは二人の中間くらいで、携帯機が普及した分遊ぶようになった。【無料冊子『Side-BN』2009年1月号】
池森さんは「Wii Sports」を購入して、テニスでストレート勝利した。でも対戦相手はコンピューター。【2009年4月29日放送、FM-FUJI「FEEL SO MUSE」より】
「テイルズ オブ デスティニー」と「テイルズ オブ ハーツ」、両方ともクリアしたのは山根さんのみ。田川さんは、挑戦はした。【会報『DEENIM』Vol.69(2011年12月発行)、p.12】
1997年12月23日に発売されたゲーム【会報『DEENIM』Vol.12(1997年9月発行)、p.16】。DEENが主題歌「夢であるように」を制作した。ゲーム内では隠しイベントとして闘技場でDEENのライブがあり、その控え室には池森さんがいる。2006年に発売されたPS2版では、イベントはカットされている模様。
2008年12月18日に発売されたゲーム。DEENが主題歌「永遠の明日」を制作した。序盤のストーリーが驚くほど重苦しい(管理人談)。
池森さんと田川さんは合コンに参加したことがない。山根さんは合コンでは心に余裕を持つことが重要だと語り、複数あたりをつけておくと良いとアドバイスした。実体験ではなく、祖父の話である(日本の伝統という意味)。【2011年6月17日放送のFMヨコハマ「ANIMO music labo」より】
ザ・ソニック・トリック。田川さんがリーダーを務める、ロック・ギター・インスト・ユニット。田川さんのソロ・ライブツアー「SHINJI TAGAWA LIVE STORM 2nd TRICK ~GLOBAL GROOVE~」の初日(2004年5月30日)にバンド結成を表明。バンドの略称は「ソニトリ」で、酉年だった2005年には「ソニ酉」と書かれることもあった。
池森さんは何年たっても「THE SONIC TRICK」という名前が覚えられない。【2006年6月26日放送のbayfm「夜カフェdeen」26回目より】
[1] 2006年10月11日に発売された12枚目のアルバム『Diamonds』に収録されている曲。以降、上海ロックスターシリーズとして続編が制作されている。曲名に「上海ロックスター」が含まれる曲は以下の5曲。
続編制作の経緯↓
池森さんがBreak13に向けて「上海ロックスター」のパート2を希望している。【会報『DEENIM』Vol.56(2008年9月発行)、p.4】
山根さんが、上海ロックスター一人だと限界がある気がするということで設定を広げたいと話している。――スターウォーズ的な感じで、年代を超えてさ。子供や両親とか、生いたちだとか……。
【会報『DEENIM』Vol.56(2008年9月発行)、p.5】
[2] 「DEEN LIVE JOY-Break11 ~Diamonds~」のアンコールで登場した人物。その時はトークレターという形で登場した。実際にステージに出てきたのは山根さん(ロックスターの格好)で、「(上海ロックスターは)僕の友達で、僕が彼のことを歌ってるっていう設定」と話した。【「DEEN LIVE JOY-Break11 ~Diamonds~」の神奈川公演にて】
上海ロックスターの原形は「DEEN LIVE JOY-Break10 ~BEST of DEEN キセキ~」で登場した、バージョン・アップした山根さんだと思われる。池森さんによるとロックスターというテーマだった【2006年2月12日、新星堂主催のイベントでのトークより】。
上海ロックスターは、2008年6月8日「DEEN 15th Anniversary Live in 武道館 ~15年分のありがとう~」で初めて姿を現した。だが歌わなかった。同年のツアー「DEEN LIVE JOY-Break13 ~NEXT STAGE~」から、ほとんどの "LIVE JOY" に乱入して歌を披露している。ちなみにBreak13では、上海ロックスターの登場前に映像が流れた。その映像は舞台裏で山根さんが上海ロックスターに変身するというもの。
池森さんは次のように話している。――僕達のLIVE JOYもリーダーの“みんなに楽しんでもらいたい”という気持ちに繋がって、だんだんショーアップされてきているじゃない? ライヴが始まり、アコースティックコーナーに差しかかり、だんだんメンバーのトークが面白くなってきて、ソロコーナーが始まる。そこに上海ロックスターというアイテムが1つ増えたね。
【会報『DEENIM』Vol.56(2008年9月発行)、p.4】
池森さんはラジオでは次のように話している。――エンターテインメントをより掘り下げて考えるようになったのはボビー・バレンタイン氏との出会いがとても大きい。彼は野球以外のこともすべて考えている。プロフェッショナルとは何か、日頃自分たちも考えるが、究極はエンターテインメント。どこまでも非現実的な世界、そこで願わくば一人残らず楽しんでもらう、一人残らず何か持って帰ってもらう……。エンターテインメントを追求するようになって、DEENのライブはライブ・ショーっぽくなっているはず。そこで登場したアイテムが上海ロックスター。(管理人による要約)【2008年8月11日放送のbayfm「夜カフェdeen」136回目より】
DEEN公式ブログの2011年12月30日付けの記事に、田川さんが「シャンさまうちわ」を作ったと書いている。【DEEN公式ブログ、「冬なのに...」、http://gree.jp/deen_g/blog/entry/616976816、2013年6月29日アクセス】
Break16では「LOVERS CONCERTO ~上海ロックスター Episode2~」の間奏に「キャー! シャンさまー!」という女性の声を入れた。ちょっとオタク色を出したかったのと、田川さんの今回の裏テーマが「シャンさま」という愛称を定着させることだったため。【会報『DEENIM』Vol.70(2012年3月発行)、p.9】
山根さんは白髪が生えている。だがそのことには決して触れてはいけない。池森さんも一本二本じゃないくらい出てきているらしい。【「DEEN special "NEEDay" '05 Autumn」のZepp Tokyo [Night-Time] でのトークより】
3人とも170cm前後。【会報『DEENIM』Vol.34 (2003年3月発行)、p.11】
田川さんはDEENに加入するとき「身長は?」と聞かれた。【2010年8月8日放送のNHK総合「あなたが主役 50ボイス」より】
「DEEN LIVE JOY-Break12 ~Road to 武道館~」の東京公演(最終日)で、以下のように話した。
池森さん「僕たちの長年のキャリア……自分でキャリアと言うのもどーなんでしょうか(笑)。“スタッフのリクエストを聞く”……DEENのいいところ。柔軟性がある?……まずは受け留める(笑)。いいところですよ(笑)」
「DEEN Summer Resort Live '09 ~Karuizawa & Zushi~」の軽井沢公演では、以下のような会話があった。
池森さん「お兄さん、本当にギターうまいよね」
その後。
池森さん「いい曲作りますね、公路さん」
山根さん「田川くんを褒めたあとに俺も褒める……日本一の気を遣うボーカリスト(笑)」
2009年3月2日放送のbayfm「夜カフェdeen」165回目でも、以下のような会話があった。
池森さん「いい詞書きますね」
山根さん「ホントホント。あの……(笑)、誰も言ってくれねぇから自分で言った、みたいな感じになってますけど(笑)。俺も言おうと思ったんだけどね」
池森さん「あぁ、そう? あの、ひとつちょっと大人になったところがあって。15年経ちまして、僕らも "NEXT STAGE" です。これからはですね、誰も言ってくれないことは自分で言いましょう」
山根さん「あぁ、なるほどね(笑)」
田川さん「セルフ褒めで」
池森さんの書き込みより。――僕は決して体が強い方ではないと思ってるんですけど、ぜんぜん風邪をひかないんです。
【DEEN公式ブログ、2011年2月10日付の記事「元気ですか?」、http://gree.jp/deen_g/blog/entry/549625682、2013年7月1日アクセス】……いろいろ気を付けているからではないだろうか?(管理人談)
「夢であるように」は、DEENのバンドとしての方向性を考えていこうとしていた時期の、いろいろな意味でターニングポイントとなった作品
だと山根さんが話している。【会報『DEENIM』Vol.27(2001年発行)、p.4】
途中は、どこに向かっていいか分からないという状態もあったかもしれません。ターニングポイントとなった作品は『和音 ~Songs for Children~』というアルバムです。
「いい曲を演奏することが何より大事だ」っていう意識に、メンバー全員が変わりましたし。
(池森さん談)【Excite、「ミュージック(音楽)特集・DEEN」、http://ent2.excite.co.jp/music/interview/2003/deen/in05.html、2013年6月29日アクセス】
ドラマーが抜けたことで、バンド形式ではなくなり、どちらかというとユニットっぽくなって。そこから、いろんなことにチャレンジするようになったんですよ。“いろんなミュージシャンとやりたい”っていう気持ちが強くなってきたのも、その頃だし。
(池森さん談)
【Amazon.co.jp、「DEEP DIVE ― DEEN」、http://www.amazon.co.jp/gp/feature.html/ref=amb_link_83505396_31?ie=UTF8&docId=1000149306&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_s=center-9&pf_rd_r=03XGAYVHPTS098Z70EJB&pf_rd_t=1401&pf_rd_p=464422696&pf_rd_i=1000109636、2013年6月29日アクセス】
15年の中でのターニング・ポイントとして、3人とも『和音 ~songs for children~』の制作をあげた。その後の制作スタンスががらりと変わったという。【「DEEN 15th Anniversary Live in 武道館 ~15年分のありがとう~」のパンフレットより】
田川さんはDEENとしてのターニングポイントとして、2000年に3人になったことをあげている。池森さんと山根さんは、デビューした時。【会報『DEENIM』Vol.58(2009年3月発行)、p.16】
読みは「ディーンズ フレンズ」。DEENのファンのこと。親しみを込めて呼ぶ際に使われる。アルバムのクレジットにも書かれている(『UTOPIA』から。『pray』ではDEEN's Family)。近年(いつ?)、「フレンズさん」と呼び合うことが増えた。メンバーはファンのマナーの良さを褒めている。だがファンの間ではなんかいろいろある。
読みは「ニード」。DEENのオフィシャル・ファンクラブ。ファンレターはここに送る。年に4回届く会報は「DEENIM(デニム)」という名前。「NEEDのうた ~僕と君とのSpecial Day~」という、ファンクラブの歌がある。
メンバーが「NEED」と名付けた。ちなみに、グッズのシルバー・ブランド名「Dears」とファンクラブ・イベントの名前「NEEDay」も田川さんの案。【たがブロ、2013年5月20日付の記事「★第201話★彡」、http://www.deen.gr.jp/tagablo/archive.html?method=articledetail&aid=21506、2013年7月28日アクセス】
田川さんはオニギリ型(一辺3.5cm)を使っている。【会報『DEENIM』Vol.11(1997年発行?)、p.10】
STマークが入った黒いピックについて――アコギを弾く時はもっと大きいピックを使うんですけどね。メーカーはジム・ダンロップです。エレキなどの細かく弾き込むソロプレイでは、こういう小さなピックを使用します。滑り止めは付いていません。というのも逆に、滑らないとピックの出し入れができないんです。コードをジャーンと弾く時は浅めに持って、ソロを弾く時はかなり深めに握り込むんです。瞬時の出し入れってやっぱりある程度滑ってくれないとできませんからね。ピックの硬さは若干しなりが効くくらいかなぁ。あんまり薄くて反り過ぎると自分の動きにピックが付いて来てくれないので…。
【『月刊歌謡曲』2006年11月号(ブティック社、2006年発行)、p.22】
田川さんはピックの飛距離について次のように書いている。――おそらく20列目あたりまでなら楽々届くと思いますし、実際、過去には遠くまで放っていたのですが、フレンズさんの安全面を考慮して、ここ数年は出来る限り「ゆる~く」投げるようにしております。
【たがブロ、2012年10月13日付の記事「@横浜(1日目)」、http://www.deen.gr.jp/tagablo/archive.html?method=articledetail&aid=325、2013年7月19日アクセス】
2012年の47ツアーのグッズにもなっている「田川モデル」はリードプレイ向きで、小さくてかなり厚みがある。特殊な樹脂でできている。そして――指で演奏することもありますが、やはり一発の「ジャラーン♪」という音色の心地よさは「べっ甲最高!!」(by TAGAWA)
【たがブロ、2012年11月1日付の記事「今年もあと2ヶ月…。」、http://www.deen.gr.jp/tagablo/archive.html?method=articledetail&aid=2659、2013年7月19日アクセス】
田川さんは、9月22日の沖縄公演での田川ソロ“AMONG STARS”演奏の真っ最中に破損したべっ甲のピック
をプレゼントすると自身のブログで発表した。【たがブロ、「お知恵を拝借。」、http://www.deen.gr.jp/tagablo/archive.html?method=articledetail&aid=2305、2013年6月29日アクセス】
山根さんはいつも田川さんにピックを借りていた。そのため「山根公路モデル」のピックを作ることにした。会報Vol.41でデザインを募集した。【会報『DEENIM』Vol.41(2004年12月発行)、p.9】
山根さんはピックを遠くに飛ばせない。何度かステージ上に不時着したことがある。
毎年メンバーの誕生日にはプレゼントし合っている。【会報『DEENIM』Vol.34(2003年3月発行)、p.10】
池森さんは「デビューしてからすごくチョコレートが届くでしょ?」とゲストの藍坊主に聞いた。まるで自分の所にはたくさん届くと言っているかのようである。【2007年2月12日放送のbayfm「夜カフェdeen」59回目より】
ライブ会場のロビーに、メンバーへのプレゼントを入れる箱が出現する。箱がないときはスタッフに託す。みんな結構でかいものを贈っている。
山根さんは『こちら葛飾区亀有公園前派出所』を愛読している。【会報『DEENIM』Vol.32(2002年9月発行)、p.15】
池森さんは『神の雫』という漫画をあるスタッフから紹介された。池森さんは子供の頃、漫画も読まなければゲームもしなかった。今も興味はないが、『神の雫』はワインに興味があるから読んでしまうという。スタッフはSING LIKE TALKINGの佐藤竹善さんがこれを読んでワインにはまったと聞いて池森さんにすすめたらしい。【2008年4月7日放送のbayfm「夜カフェdeen」118回目より】
池森さんは『神の雫』の1・2巻を買った。読んでおもしろかったらそのあとの巻も買おうと思っていた。あっという間に1・2巻を読んでしまい、次の日には本屋に行って15巻まで買った。作者の方にゲストに来てほしい、言葉が芸術的な表現をしている、と話している。【2008年4月28日放送のbayfm「夜カフェdeen」121回目より】
池森さんは『神の雫』を全巻持っている。歌詞を作る上で参考にしているらしい。【「DEEN AOR NIGHT CRUISIN' ~1st Groove~」2012年3月13日、1st STAGEでのトークより】
池森さんはJack Johnsonのアルバム『SLEEP THROUGH STATIC』を聴きながら『神の雫』を読む。【DEEN公式ブログ、2012年11月25日付の記事「神の雫(^_^)」、http://gree.jp/deen_g/blog/entry/656033602、2013年7月17日アクセス】
田川さんは『金田一少年の事件簿』を全巻持っている。【「DEEN AOR NIGHT CRUISIN' ~1st Groove~」2012年3月13日、1st STAGEでのトークより】
田川さんは2012年に入ってから、制作時にはPC専用の度なしメガネを使用していた。眼精疲労低減のため。【DEEN公式ブログ、2012年10月5日付の記事「@神奈川(座間)」、http://gree.jp/deen_g/blog/entry/651700149、2013年7月17日アクセス】
池森さんはiPhoneに変えてから目の疲れが気になってた
そうで、田川さんからjinsのメガネをすると疲れにくい
と聞き早速購入。目の疲れをほとんど感じなくなりました
とのこと。【DEEN公式ブログ、2012年11月9日付の記事「池森です。」、http://gree.jp/deen_g/blog/entry/654582532、2013年7月17日アクセス】
山根さんは、コンタクトレンズを着けていない時はメガネを掛けている。←当たり前である。
池森さんが発表した、山根さんのソロ活動計画。2002年のライブツアー「DEEN 和音ツアー」の際に、池森さんが山根さんのソロコーナーを提案した【要出典】。その6月2日の公演の中で、池森さんが「来年、山根公路ソロプロジェクトってのもあるかもしれませんよ」と言ったらしい。2005年にミニアルバム『COZZY』をファンクラブ内で発売したことにより一段落?
会報作成者のお言葉を引用。――以前は「秀ちゃん」「公ちゃん」「伸ちゃん」「Uz」と呼び合うことが多かったようですが、最近は名字で、例えば「田川君」「Uzさん」と、TPOに合わせているようです。オトナになった証拠ですねえ (?)。
【会報『DEENIM』Vol.14(1998年3月発行)、p.15】
管理人は調べるのが面倒になった。
池森さんと山根さんは、初めて会った時から「秀ちゃん」「公ちゃん」と呼び合っている。「やまねっち」は山根さん自身が言い出した。「巨匠」はファンクラブの会報で田川さんが使ったことがきっかけ。【2005年11月28日放送のbayfm「IKE-IKE-FOREST」35回目より】
田川さんは会報『DEENIM』で『田川伸治の「DEEN虎の穴」』という企画ページを掲載していた。会報Vol.7(1996年発行?)に「田川巨匠のお仕事シリーズ」を初掲載した。そこから徐々にファンが「巨匠」と呼ぶようになった(推測)。
読みは「ディーン ライブ ジョイ、ブレイク ○」。DEENのライブツアーのタイトル。ちょっと長いので略して「Break○」と呼ばれたり書かれたりすることもある。最短で「B○」になる。○の部分には数字が入る。その数字はもちろん英語読み(?)だが、Break11の最終日で池森さんは「Breakじゅー…イレブン」と言ってしまい観客に笑われた。
"JOY" というタイトルは、自分たちも、そしてみんなにも、楽しんでもらいたい
という思いからつけた。(池森さん談)【会報『DEENIM』Vol.9(1996年発行?)、p.3】
"LIVE JOY" というタイトルを考えたのは池森さん。【「DEEN LIVE JOY-Break11 ~Diamonds~」のパンフレットより】
全国ツアーを始めたときに当時の舞台のプロデューサーから、何かツアータイトルを付けてくれないかと言われた。深い意味を考えることなく、「DEEN LIVE JOY」――それしか出てこなかった。言いやすくて定着するんじゃないかと思った。(池森さん談)【2008年8月4日放送のbayfm「夜カフェdeen」135回目より】
みんなでツアータイトルの案を出す。【2009年2月16日放送のbayfm「夜カフェdeen」163回目より】
池森さんはライブ中に汗をかいているが顔には出ない。【2006年2月12日、新星堂主催のイベントでのトークより】
山根さんはかわいそうなくらい汗をかいている時がある。
田川さんは手汗が出なくて困る事もあるそうだ(ピックがすべらないと言っていたような)。【「DEEN LIVE JOY-Break15 ~History~」最終日でのトークより】
少なくとも一人以上いるだろう(憶測)。Break16, 17のカウントダウンライブの出待ち人数は50人くらい。ライブ終了後の池森さんは疲れきっていることが多い。そのため池森さんが笑顔で去るとファンは驚く。
メンバーが「最後の曲です」と言ったら観客が一斉に「えー!」と叫ぶ、というお決まりの流れがある。どこで始まったのかは定かではない。当サイトのレポートを読み返すと、2007年の47ツアー in 東京、Break12最終日のソロコーナー、Break13初日、武道館2009・2010・2011、リゾートライブ2009・2010・2011、Break15、以下略で「えー!」と言っている。
「えー!」のあとに山根さんが「声が小さい!」と言い、改めて「えー!」と言わせるという派生系がある。
ツアー中の自由時間の過ごし方について。田川さんはサポートメンバーとどこかへ行ったり観光に行く。山根さんはデビュー当時から一人でプラプラしている。池森さんはあまり出掛けず、ホテルにいることが多い。【2006年11月6日放送のbayfm「夜カフェdeen」45回目より】
ツアー中の私服について。田川さんはホテルで手洗いする。山根さんはコインランドリーに行って洗濯する。池森さんは泊まる日数分を持っていく。【「DEEN Summer Resort Live '07」の佐賀公演にて発言】
かつて、舞台そでで振り付けの先導をするスタッフ「ソデソデダンサーズ」がいた。彼らのあとはコーラス隊がその役を引き継いだ。今はDEENメンバーが兼任している。
振り付けはみんなで考えている。振付師はいない。【Yahoo!チャット、「『ROAD CRUISIN'』発売記念チャット・イベント」、2004年8月】
田川さんが振り付けの指導をブログでもおこなっている。――「手を振る動作」特に左右に振る場合ですが、皆さんからご覧になって僕たちの手あるいは体の動きと同じ方向に動かしていただけたらと思います
【DEENの旧公式ブログ「DEEN OFFICIAL BLOG ~瓦版~」、2008年1月20日の記事より】
「coconuts feat. kokomo」の振り付けはダンサーに頼んだ。【「DEEN Unplugged Summer Resort Live '10」9月5日、軽井沢公演でのトークより】
以下の文章は「たがブロ」より引用。【たがブロ、2013年1月27日付の記事「@福岡」、http://www.deen.gr.jp/tagablo/archive.html?method=articledetail&aid=12760、2013年7月27日アクセス】
DEENでの振り付けは全て「メンバーにとっては右側」「フレンズさんにとっては左側(鏡の要領)」から始動することで統一させて頂いております。
ですので、ペンライトなどを振っていただく場合も、「できれば」で構いませんので、『左始動』が基本型でお願いできたらと思います☆彡
山根さんと田川さんはボケ担当。宇津本さんはナチュラルボケ。【会報『DEENIM』Vol.6(1996年発行?)、p.6】
以下は山根さんのお話。【会報『DEENIM』Vol.29(2001年発行)、p.8】
時々話を振られてボケた真似をしますが、それはその間にその話の回答を考えているのです。ぜんぶそろばんづくです! しかしみんなに“ボケ担当”というレッテルを張られると自然と無意識のうちに言動がボケになっていくから不思議です。しかもそこの居心地がだんだん良くなってくるんですよね。あと秀ちゃん、自分の会話に詰まると「そうですよね山根さん」と聞くのはやめてください…。
ライブ恒例、池森さんによる山根さんいじり。だいたい最後の挨拶の際に、池森さんが山根さんのひたいにマイクを「ゴン!」とぶつける。
ちなみに池森さんはマイクを左手で持たないと落ち着かない。(山根さんにぶつけるときの話ではなく、歌うときの話)【2006年2月13日放送のbayfm「夜カフェdeen」7回目より】
手拍子とともに「やまねっち、やまねっち、やまねっち!」と3回叫ぶ、会場全体を巻き込むコール。2003年4月25日、「DEEN LIVE JOY-Break7 ~10th Carnival~」の大阪公演で始まったと思われる。「やまねっち」は山根さんの学生時代のあだ名であり、なぜか最後のメンバー紹介で本人が「やまねっち」と言い始めたことがきっかけらしい。
以前は山根さんのテンションがMAXになった時に発動していたようだが、いつしかライブの締めの定番となった。「合いの手を入れる」「山根さんがうまく指揮を取れず、他のメンバーがコケる」「他のメンバーが伴奏をつける」「山根さんがお立ち台に乗る前に他のメンバーが台の上のホコリを払う」「台に乗る際に『乗り、入ります!』など言う」「コール後に『やっと会場が一つになりました』などと言って他のメンバーがコケる」など、様々な工夫が凝らされてきた。
ファンクラブ会員専用ページ「NEED Web」のWebラジオのオープニングでも聞くことができる。
テンポは178と定められている。【DEEN 47 TOUR Blog、2012年9月17日付の記事「in 鹿児島」、http://www.deen.gr.jp/47/archive.html?method=articledetail&aid=15833、2013年7月18日アクセス】
「DEEN Unplugged Summer Resort Live '11」辺りから、山根さんが完全に飽き始めているのではないかと管理人は思っている。
「DEEN Summer Resort Live ~5th wave~」の軽井沢大賀ホールでのライブ(2016年6月25日・26日)で「やまねっち、やまねっち、コマネッチ!」とコールするようになった。「コマネッチ」のところでビートたけしさんのギャグ「コマネチ」のポーズをしなければならない。そうでないと浮く。
ラジオ番組に出演しまくった結果、ラジオ慣れしている。最初の挨拶の「DEENです」が驚くほどキレイにそろっていたり、発言する前にちゃんと名前を言ったり。しかし池森さんは天然なので「これくらい」などと言うことがある(ラジオなので見えない)。山根さんは時々しどろもどろになることがある。
バカボン鬼塚さんが「DEEN、鬼玉ファミリーにしちゃう」「鬼玉側から見たらファミリー」と発言。【2005年10月24日放送のNACK5「The Nutty Radio Show 鬼玉」より】
47都道府県ツアー用の車に「DEENのBAAN ~あなたの町に参ります~」という名前を付けてもらった【2007年4月23日放送?】。しかしその名前は使わなかった。次に出演した際、その事をつっこまれ、「車にはすでにステッカーが貼ってあった」と池森さんが弁解した【2007年12月17日放送?】。
2009年4月28日(たぶん)に出演した際、放送中にDEENのキャッチフレーズを募集した。メンバーが一番気に入ったキャッチフレーズは「ちょっと気さくな昭和の少年、DEEN」。2009年の武道館公演で田川さんが「ちょっと気さくな昭和のギター少年、田川伸治です」と挨拶した。だが爆笑には至らなかった。また「DEENはまだ16だから」というのもあり、こちらはその武道館公演時のメンバー及びサポートメンバーの「スタッフTシャツ」のプリントとして使われた(その写真は会報『DEENIM』Vol.59に載っている)。
池森さんは料理をしない。田川さんは野菜炒めが得意。山根さんは、昔スパゲティ屋でバイトしてたのでスパゲティなら10種類位作れます
とのこと。【会報『DEENIM』Vol.26(2001年3月発行)、p.3】
「DEEN LIVE JOY-Break11 ~Diamonds~」のパンフレットの写真撮影で、メンバーが料理をしている。山根さんは得意だというスパゲティを作る係、田川さんはサラダを作る係、池森さんは味見係。【会報『DEENIM』Vol.49(2006年12月発行)、p.9辺り】
食事中のメンバーの写真が会報などに結構載るが、結構な確率で麺類を食べている。会報『DEENIM』Vol.62(2010年3月発行、p.7)で、ついに山根さんがそれにしても、どんだけ麺類が好きなんだよDEEN!!
とツッコミを入れた。
池森さんの書き込みより――年中そばを食べてる僕は、本格的に自分でそばを打てるようになりたいと思いました・・・。
【DEEN公式ブログ、2011年2月17日付の記事「そば!!」、http://gree.jp/deen_g/blog/entry/552115758、2013年7月1日アクセス】