プロフィール
- 基本項目
- SHINJI TAGAWA。広島県出身。1970年4月18日生まれ。0型。【会報『DEENIM』Vol.00(1994年発行?)、p.8】
- 音楽専門学校卒。【『A SURVIVED SCARECROW』の解説書より】
- 3歳上の兄がいる。【2007年10月22日放送のbayfm「夜カフェdeen」95回目より】
- 担当
- ギター。楽曲内ではベースを兼任していた時期もある。
- ボケ担当で小道具担当。独自のDEENデータも発表する。
- ライブのセット・リスト作成。【2006年10月9日放送のbayfm「夜カフェdeen」41回目より】
- ライブのアコースティック・コーナーで演奏する曲のアレンジ。【「DEEN LIVE JOY-Break10 ~BEST of DEEN キセキ~」の最終日にて】
- 演奏できる楽器
- エレキギター、アコースティック・ギター、ベース、パーカッション……たぶんやればなんでもできる。
- 名前の由来
- 父の名前から一文字取ったこと以外は知らない。【会報『DEENIM』Vol.20(1999年発行)、p.6】
- 呼び名
- 我らが「巨匠」。ファンからは「田川さん」と呼ばれることが多い。「伸ちゃん」は今では少数派?
- 子供の頃は「伸ちゃん」と呼ばれていた。【会報『DEENIM』Vol.00(1994年発行?)、p.9】
- 性格
- 長所は集中力があること。短所は集中するまでに時間がかかること。【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.7】
- 性格は大ざっぱ。やりだしたら些細なことまで気になる性格だが、トータルで見たら大ざっぱ。【会報『DEENIM』Vol.5(1995年発行?)、p.8】
欠点だらけなのが欠点
【会報『DEENIM』Vol.28(2001年発行)、p.3】- 前を見て生きていきたいタイプ。【2005年9月19日放送のbayfm「IKE-IKE-FOREST」25回目より】
- オフが二日間続くと仕事したくなる(不安になる)。【2007年5月7日放送のbayfm「夜カフェdeen」71回目より】
音楽以外や今自分がやっている事以外に実はあまり興味がない性格
【会報『DEENIM』Vol.58(2009年発行)、p.15】- 人見知り。遠回りだとわかっていてもずっと続ける、中途半端は嫌いな性格。【2011年6月17日放送のFMヨコハマ「ANIMO music labo」より】
自分が出演した番組は一切見ない主義
【たがブロ、2013年1月4日付の記事「理数系につき…」、http://www.deen.gr.jp/tagablo/archive.html?method=articledetail&aid=10219、2013年7月27日アクセス】
- 特技
- 創意工夫。【会報『DEENIM』Vol.14(1998年発行)、p.3】
- 人生のモットー
思い付いたらすぐ行動する!
【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.7】
- 好きな言葉
制約
【たがブロ、2012年11月4日付の記事「@鹿児島」、http://www.deen.gr.jp/tagablo/archive.html?method=articledetail&aid=3066、2013年7月27日アクセス】
- 座右の銘
なせばなる
【たがブロ、2012年11月4日付の記事「@鹿児島」、http://www.deen.gr.jp/tagablo/archive.html?method=articledetail&aid=3066、2013年7月27日アクセス】
- 音楽とは?
生きていく中で唯一の特技
【会報『DEENIM』Vol.00(1994年発行?)、p.9】筆をもたない絵画。目で観るか、耳で聴くかだけの違いです。
【会報『DEENIM』Vol.7(1996年発行?)、p.6】- ライブを経て、音楽は「生きがい」になった。【会報『DEENIM』Vol.9(1996年発行?)、p.13】
今となっては、唯一の道。
【会報『DEENIM』Vol.42(2005年発行)、p.12】
- ギタリストとは?
基本的に目立ちたがり屋です。それがプレイであったり、ビジュアルであったり。
【会報『DEENIM』Vol.7(1996年発行?)、p.6】
- ギターの魅力とは?
唄わせる事が出来る所が一番の魅力です。
【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.6】
- ライブとは?
- 今まではCDを出すことが大きな目的だったが、それをどう受け止めてもらえたかがダイレクトにわかる。
自分たちにいろいろな課題を与えてくれる場所でもあります。
【会報『DEENIM』Vol.9(1996年発行?)、p.6】
- 今まではCDを出すことが大きな目的だったが、それをどう受け止めてもらえたかがダイレクトにわかる。
- 自分にとって「DEEN」はどんな存在?
自分の行く道を教えてくれる道しるべ
【会報『DEENIM』Vol.20(1999年発行)、p.4】自己表現の場
。DEENでないと今の自分は出せないというのは断言できますね。
【会報『DEENIM』Vol.58(2009年発行)、p.16】
- 活動を続ける中で大切なものは?
- 継続。【会報『DEENIM』Vol.58(2009年発行)、p.14】
- 初めて見たライブ
- たぶん、ゲイリー・ムーアのライブ。【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.7】
- ハードロックのライブ。上京して初めて見たのはゲイリー・ムーアのライブ。【「DEEN LIVE JOY-Break15 ~History~」のパンフレットより】
- 初めて買ったレコード
- サザンオールスターズ『人気者でいこう』。【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.7】
- 子供の頃の夢
- 小学校低学年の頃になりたかった職業は、タクシーの運転手。
とにかく車が好きで一日中乗っていたかったので
【会報『DEENIM』Vol.5(1995年発行?)、p.8】 - タクシーの運転手(車が好きだけどF1は無理だから)かプロレスラー(タイガーマスクに憧れていた)。【2008年6月16日放送のFM-FUJI「RADICAL REAGUE」より】
- 小学校低学年の頃になりたかった職業は、タクシーの運転手。
- 少年時代
- 学生時代は
自分なりにマジメ少年していた
。高校の柔道の授業ではひそかにプロレス技の研究をしたこともあった。【会報『DEENIM』Vol.10(1997年発行?)、p.8】 - 広島市内に住んでいたのは小学校のときだけ。父の転勤が多かったため。中高もばらばら。幼馴染みがいなくて少し寂しかった。【会報『DEENIM』Vol.11(1997年発行?)、p.6】
- 高校生のときにバンドコンテストがあり、中国地区大会まで出た。【会報『DEENIM』Vol.11(1997年発行?)、p.6】
- 中学生のときは卓球部に所属していた。【会報『DEENIM』Vol.13(1997年発行)、p.6】
- 学生時代に好きだった科目は、図画工作、技術、体育。【会報『DEENIM』Vol.20(1999年発行)、p.6】
絵は子供の頃によく書いてて、人物の絵がうまく描けなくて漫画家を断念したので(笑)、人物を描ける人は尊敬します。
【会報『DEENIM』Vol.49(2006年発行)、p.13】- 6歳の頃、オルガンをやっていた。【「DEEN LIVE JOY-Break11 ~Diamonds~」のパンフレットより】
- 小さい頃に、オルガン教室、公文的なやつ、英会話、習字を習っていたが長続きしなかった。【会報『DEENIM』Vol.53(2007年発行)、p.6】
- 高校でも卓球部に入部したが、部員が少なくて退部した。放課後は楽器屋へ行った。バンドもたくさん掛け持ちしていた。【DEEN 47 TOUR Blog、2012年9月3日付の記事「in 香川」、http://www.deen.gr.jp/47/archive.html?method=articledetail&aid=12549、2013年7月18日アクセス】
- 学生時代は
- 好き
- 推理小説が好き。【会報『DEENIM』Vol.12(1997年発行)、p.8】
- ボウリングが好き。マイボールとマイシューズをそろえて本格的にやりたいと思っている。【会報『DEENIM』Vol.13(1997年発行)、p.6】
- 夏が大好き。【会報『DEENIM』Vol.24(2000年発行)、p.9】
- 春が好き。【会報『DEENIM』Vol.34(2003年発行)、p.12】
- 球場が大好き。雰囲気が好き。【Yahoo!チャット「『ROAD CRUISIN'』発売記念チャット・イベント」、2004年8月】
- イチロー大好き。とにかく情報がほしい。【会報『DEENIM』Vol.42(2005年発行)、p.12】
- プログラミングも好き。【Yahoo! オークション Guitar Labo「田川伸治さんインタビューパート2 Vol.3」、http://topic.auctions.yahoo.co.jp/music/guitarlabo/tagawa02/tagawa02_03/、2012年5月4日アクセス】
- 4月が一番好き。【会報『DEENIM』Vol.58(2009年発行)、p.13】
- ホームセンターや雑貨屋さんが好き。【「DEEN LIVE JOY-Break15 ~History~」の千葉公演でのトークより】
- 苦手
- 電話は好きではない。【会報『DEENIM』Vol.10(1997年発行?)、p.11】
- 会報の原稿(DEEN虎の穴)を一度だけワープロで打ったことがある。しかし効率が悪かったため、ワープロはクローゼットにしまった。【会報『DEENIM』Vol.13(1997年発行)、p.7】
- パソコンのタイピングは苦手。そもそもパソコンとにらめっこするのが苦手な携帯電話派。【会報『DEENIM』Vol.51(2007年発行)、p.10】
- ウィンター・スポーツはできない。【会報『DEENIM』Vol.54(2008年発行)、p.10】
- 暑いのは何とか我慢できるが、寒いのは苦手。【たがブロ、2013年3月8日付の記事「風強っ!!」、http://www.deen.gr.jp/tagablo/archive.html?method=articledetail&aid=16575、2013年7月27日アクセス】
- 食べ物・飲み物
- 好きな食べ物はお好み焼き。嫌いな食べ物はない。【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.7】
- 嫌いな食べ物は特にない。【会報『DEENIM』Vol.20(1999年発行)、p.5】
- アメリカンなもの(ホットドッグ、フライドチキン)が好きだと最近気付いた。【Yahoo!チャット「『ROAD CRUISIN'』発売記念チャット・イベント」、2004年8月】
- カツカレーやチャーシューメンなどお買い得感のあるものが好き。【会報『DEENIM』Vol.43(2005年発行)、p.10】
- 牛タン大好き。【2008年2月4日放送のbayfm「夜カフェdeen」109回目より】
- 47都道府県ツアーの福井(ヨーロッパ軒)のソースカツ丼が忘れられない。【会報『DEENIM』Vol.58(2009年発行)、p.15】
- 濃くて苦いコーヒーが好き。【2013年3月9日放送のNACK5「HITS! THE TOWN」より】
- 酒
- お酒は飲む。【会報『DEENIM』Vol.20(1999年発行)、p.6】
- お酒好き。日本酒とか飲む。(池森さん & 山根さん談)【2006年2月6日放送のbayfm「夜カフェdeen」6回目より】
- お酒を飲んだら何も食べなくなる。ジントニックをよく飲む。【2006年2月13日放送のbayfm「夜カフェdeen」7回目より】
- 最近のマイブームはワイン。【会報『DEENIM』Vol.47(2006年発行)、p.12】
- 47ツアーで山根さんがもらった日本酒を田川さんが飲んでいた。【2008年1月28日放送のbayfm「夜カフェdeen」108回目より】
- ハイボール好き。【2008年3月31日放送のbayfm「夜カフェdeen」117回目より】
- お酒を飲むとよくしゃべるようになる。【2008年10月20日放送のbayfm「夜カフェdeen」146回目より】
- 医師から飲酒は危険と判断され、それから4年以上飲んでいない。ちなみにアルコール依存症ではない。【たがブロ、2013年2月20日付の記事「足並み揃えっぞ~!!」、http://www.deen.gr.jp/tagablo/archive.html?method=articledetail&aid=15242、2013年7月27日アクセス】
- スポーツ
- 卓球が得意(中学生のときにやっていた)。プロレスが好き。【会報『DEENIM』Vol.00(1994年発行?)、p.9】
- 広島カープのファン。【会報『DEENIM』Vol.6(1996年発行?)、p.14】
- スポーツは何でも見る。ただし大量得点が入るバスケやアメフトは見ない。【会報『DEENIM』Vol.16(1998年発行)、p.10】
- ボウリングのベストスコアは305。【DEEN公式ブログ、2012年1月15日付の記事「@愛知」、http://gree.jp/deen_g/blog/entry/620313389、2013年7月1日アクセス】
- 車
- F1はいつも注目している。漫画「頭文字D」が好き。発売されるカー雑誌はほとんど買う(車好きの兄の影響?とのこと)。【会報『DEENIM』Vol.16(1998年発行)、p.10】
- 車に酔いやすい。そのため2分で寝る癖がある。【2008年1月のトークイベント】
- 動物
- 犬大好き。【会報『DEENIM』Vol.9(1996年発行?)、p.12】
- 犬猫両方好き。【会報『DEENIM』Vol.20(1999年発行)、p.6】
- ヘビが苦手。子供の頃に追いかけられた。【2013年3月9日放送のNACK5「HITS! THE TOWN」より】
- 世の中で一番嫌いなもの
背の高い車。スタイル。前にいられると圧迫感があって嫌。
【会報『DEENIM』Vol.10(1997年発行?)、p.11】
- 世の中で一番好きなもの
熟考すること。特定のものはありません。物事に感じて可能性を追究したり、応用することをとにかく頭で考えることが好きです。
【会報『DEENIM』Vol.10(1997年発行?)、p.11】
- 制作中に行き詰まったらどうする?
- とりあえず終わりまでやって、次の日考え直す。【会報『DEENIM』Vol.20(1999年発行)、p.4】
- 音楽をやっていて自分の中で変わったことは?
人に見られることに多少慣れた
【会報『DEENIM』Vol.20(1999年発行)、p.6】
- 好きな色
- 銀。【会報『DEENIM』Vol.20(1999年発行)、p.6】
- 視力
- 左右とも2.0。それ以上見えるが2.0以上は測定できない。【会報『DEENIM』Vol.20(1999年発行)、p.3】
- 鍛えてる?
- 筋トレをしている。ゴムチューブを使う。【無料冊子『けむナビ』2006年1月号】
- 服装
- 仕事の面で差し障りのない服装が基準。【Yahoo!チャット「『ROAD CRUISIN'』発売記念チャット・イベント」、2004年8月】
- 服装は出会った頃のイメージと変わらない。ギタリストという感じ。(池森さんの話を要約)【会報『DEENIM』Vol.43(2005年発行)、p.10】
- 『スマート』に出てもいいくらい今時のロック・ミュージシャン。(池森さんの話を要約)【2006年2月20日放送のbayfm「夜カフェdeen」8回目より】
- 睡眠時間
- 2時に寝て8時に起きる(6時間寝る)。【2007年10月1日放送のbayfm「夜カフェdeen」92回目より】
- 宝物
- みなさん。【2008年1月7日放送のbayfm「夜カフェdeen」105回目より】
- 力の源
- ライブ。【2011年6月17日放送のFMヨコハマ「ANIMO music labo」より】
- ストレス解消法
- いいパフォーマンスをすること、いい作品を作ること。【ココログ「ココセレブ: Specialインタビュー Vol.64 DEENさん(前編)【2】」、http://celeb.cocolog-nifty.com/interview/2008/05/vol64_deen_aafb.html、2012年5月4日アクセス】
- お香を焚く(日本香堂の「かゆらぎ 白檀」がおすすめとのこと)【会報『DEENIM』Vol.69(2011年発行)、p.12】
- 今一番困っていること
- 「老眼」もあるけど「物忘れ」。【2011年12月3日放送のNACK5「スノーボード天国 presents HITS! THE TOWN SPECIAL」より】
- マイブーム
- WBC。【2013年3年10日放送のbayfm「DIMANCHE DE JUNNU」より】
- これだけは手放さない!というものは?
- 今左右の手にあるメンバー。【2013年3年10日放送のbayfm「DIMANCHE DE JUNNU」より】
メンバーからの評価
池森さんと山根さんから見た田川さん
- 職人。一見難しそうだけど、打ち解けると「こういう人だったのかー」と。好き嫌いがはっきりしている。顔に出る。【2006年2月6日放送のbayfm「夜カフェdeen」6回目より】
池森さんから見た田川さん
- 第一印象:
大学卒業後の青年
【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.2】 - 日本を代表するギタリスト。【会報『DEENIM』Vol.34(2003年発行)、p.4】
- 職人。【会報『DEENIM』Vol.43(2005年発行)、p.10】
努力で才能をどんどん高めていけるプレイヤー
【「DEEN LIVE JOY-Break11 ~Diamonds~」のパンフレットより】- ギター・プレイがすごい。【2008年6月16日放送のFM-FUJI「RADICAL REAGUE」より】
山根さんから見た田川さん
- 第一印象:
顔は幼いんだけど話してみると大変しっかりした人
【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.4】 - すごいギタリスト。【会報『DEENIM』Vol.34(2003年発行)、p.4】
秀ちゃんも田川くんも実をいうと何でもできるんですよ。ドラムなんて田川くんはうまいですからね。リズム感があるから色んな技があるし
【会報『DEENIM』Vol.40(2004年発行)、p.2】- 努力の人。【会報『DEENIM』Vol.43(2005年発行)、p.10】
会報『DEENIM』Vol.28(2001年発行、p.5)で、山根さんが田川さんについて語っている。それをまとめてみた。
田川さんは音楽・ギター・車・プロレス・お笑い・推理小説への食い付き度は他の追随を許さない
。
田川さんは一時期、ボウリングとゲームに興味を持っていたらしいが、その後は話を聞かない。山根さんは、本業に差し支えてしまうほど突き詰めてしまいそうで自ら触れないようにしているのではないか
と推測している。田川さんは、お兄さんからもらったプレステ2もDVD専用になっているとNEEDayで話した。
興味の湧かないことに対してはからっきし無頓着だそうで、例えば「食」に関してはなんでも旨く感じるらしく、スタジオでも彼ほどカップラーメンを旨そうに食べる男を見たことはありません。ちなみに好物は刺身の“つま”だそうです。
山根さんはアレンジで行き詰まると田川さんに任せることがある。困った時の田川頼み
。
宇津本さんから見た田川さん
- ミュージシャンとして凄い人。リズムの先生状態。【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.8】
- ギター・プレイに驚愕した。【会報『DEENIM』Vol.14(1998年発行)、p.6】
作曲方法
デモ・テープは適当に打ち込んで作る。ギターは入っていない。【「music freak magazine」vol.14(1996年1月号)より】
リズムのパターンやメロディーの持つ温度まで、すべてが固まった上で曲を作る。【『WHAT's IN?』1996年10月号(ソニー・マガジンズ)、p.97】
テレコ(カセットテープレコーダー)を車の中に置いたりバッグに入れて持っている。五線譜にもメモする。作曲していて行き詰まったときは、メンバーのアドバイスを参考にすることも少なくない。【会報『DEENIM』Vol.11(1997年発行?)、p.10】
アイディアをできるだけストックしておく→その中から曲全体のイメージが見えてきたものをピックアップする→メロディー全体の流れをある程度決めてしまう(Aメロ→Bメロ→サビみたいに…)→メロディーにコードをのせていく→細かいテンポ(速さ)も決めつつ再度メロディーを考え直す→コードバッキング(伴奏形態)等も考えつつコード進行をアレンジしていく。
そのあと、曲のイメージをより明確にするため軽くオケを作ったりもします
【会報『DEENIM』Vol.11(1997年発行?)、p.10】
ギター・ソロの部分を作るときはギターが入っていないアレンジのものを何回も聴く。そうすると自分が弾きたいイメージのラインが、明確に浮かんで来る
という。【会報『DEENIM』Vol.32(2002年発行)、p.3】
曲を「書く」というよりは「描く」ということを、いつも心掛けている。まずタイトルを考え、そのタイトルから曲をイメージすることを一番大切にしている。【会報『DEENIM』Vol.39(2004年発行)、p.9】
曲をつくるときに、ぼくはイントロのモチーフが浮かんだとするとそこですぐタイトルを考えるんですよ。これどういう方向でつくろうかなって。タイトルを考えて、そのタイトルに合った世界観やストーリーを考えていく
【Yahoo! オークション Guitar Labo「田川伸治さんインタビューパート2 Vol.1」、http://topic.auctions.yahoo.co.jp/music/guitarlabo/tagawa02/tagawa02_01/、2012年5月4日アクセス】
理論から離れたいってここ10年くらい、ずっと考えていたんですよね。
なにかにつけすぐ理論。こういう場合はこうだ、みたいな方法論が先に出てしまって、自分の内側から出てくるものを方法論が邪魔しているっていう実感が、心のなかで強くあったんです。だから曲を作るときも、あえて譜面を使わないとか、最近そういうやり方をやってますね。
【Yahoo! オークション Guitar Labo「田川伸治さんインタビューパート2 Vol.2」、http://topic.auctions.yahoo.co.jp/music/guitarlabo/tagawa02/tagawa02_02/、2012年5月4日アクセス】
歌モノとインスト、作る時に差はあるのかという質問に対して次のように答えている。DEENのために作ってたんだけど、質感がハードになりすぎて、これはソニトリの方がいいかなとか、作ってるうちに分岐するってこともありますね。
【2006年8月28日放送のbayfm「夜カフェdeen」35回目より】
ギター・ソロはどうやって考えているのかというと……口ギター(鼻唄)を実際にギターで弾いたらどうなるか考える。それか理論的に考える。メロディーを忘れるくらい別物として考えたり、メロディーのモチーフを使いながらフェイク的にやることもある。いずれにしてもサビへ効果的に繋げることを考える。【2006年10月23日放送のbayfm「夜カフェdeen」43回目より】
最初にタイトルを決めて、そのイメージで作曲していく。【『CDでーた』2007年9月号(角川書店)、p.62】
季節を意識して曲を作ることは少ない。【『月刊Songs』2007年10月号(ドレミ楽譜出版社)、p.47】
アコースティック・ギターで作ることが多い。コードアレンジ、リフ、イントロのイメージが大体出来上がった状態
で、プリプロルームの作業に移る。自宅で打ち込んだパートの音色をプリプロルームにある音源に差し替えたり、曲のサイズを決めてデモを完成させます。あと、ボスのGT-8を使ってギターラインを録音していきます
。【『SOUND DESIGNER』2011年10月号(サウンド・デザイナー、2011年発行)、p.19】
影響を受けたミュージシャン
ギターを始めてから3年くらいはゲイリー・ムーアというギタリストがすべてだった。影響を受けた人は様々ですね。ゲイリー・ムーアはロック系で、ジョージ・ベンソンやラリー・カールトンはジャズ、フュージョン系、ファンク系のカッティングを身に付けさせてもらったのが、アル・マッケイやポール・ジャクソン・Jrといった感じで、そのジャンルごとに先生を勝手に決めて研究しました。
【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、pp.6-7】
若い頃、Wham!の曲に影響を受けた。【2005年12月5日放送のbayfm「IKE-IKE-FOREST」36回目より】
好きな音楽
ギタリストのアルバムをよく聴く。好きなアーティストはノーマン・ブラウン。ジョージ・ベンソンは神。ポール・ジャクソン・Jr.やジェイ・グレイドンも好き。気に入っているCD、おすすめのCDは、ブレッカー・ブラザーズの「リターン・オブ・ザ・ブレッカー・ブラザーズ」。【会報『DEENIM』Vol.00(1994年発行?)、p.9】
年齢とともにブルースに寄ってきているところがある。ほとんどの音楽の源がブルースというか、ブルースフィーリングに基づいて枝分かれしていると思うし。
【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.7】
心に残っている曲、感動した曲はラリー・カールトンの「Room 335」。凄くギターを弾きまくるのがカッコイイと思っていた若き時代に(笑)聴いて、肩の力を抜いたようなギターもカッコイイんだなと初めて思った曲
【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.7】
尊敬するアーティストとしてジョー・パスを挙げている。いくら作品を出し続けていっても満足しなかった人。
【会報『DEENIM』Vol.4(1995年発行?)、p.8】
ジョージ・ベンソンを師と仰いでいる。【会報『DEENIM』Vol.5(1995年発行?)、p.8】
最近気に入っているアルバム: ジョン・マクラフリンの『ザ・プロミス』(ただしおすすめしないとのこと)。元気になれるこの一曲: 佐々木功が歌う「銀河鉄道999」のテーマ。夏の夜空にこの一曲: サンタナ「ブラックマジックウーマン」。泣きたいときにこの一曲: サンタナ「ヨーロッパ」。【会報『DEENIM』Vol.7(1996年発行?)、p.6】
今ハマっている人・物は?ベーシスト、リック・ジェームスのベストアルバム。かなり前の人だけど、ベースラインを考えさせたら右に出る人はいないと思う。
【会報『DEENIM』Vol.7(1996年発行?)、p.6】
夏にぴったりの曲を紹介。Char「SHININ' YOU, SHININ' DAY」(アルバム『Char』より)、VAN HALEN「SUMMER NIGHTS」(アルバム『5150』より)。Charのアルバム『Char』が好き。【会報『DEENIM』Vol.11(1997年発行?)、p.12】
1997年に聴いたアルバムの中から気に入ったものを紹介。George Benson『Best Of George Benson : The Instrumentals』、JOE SATRIANI, ERIC JOHNSON, STEVEAI『JOE SATRIANI - ERIC JOHNSON - STEVEAI G3 LIVE IN CONCERT』、ROBBEN FORD『TIGER WALK』、CANDY DULFER『For the love of you』、Doug Aldrich『ELECTROVISION』。購入するCDの9割はギタリストもの。【会報『DEENIM』Vol.13(1997年発行)、p.6】
今注目しているギタリストは、スコット・ヘンダーソン、マイケル・リー・ファーキンス、エリック・ゲイル。【会報『DEENIM』Vol.16(1998年発行)、p.11】
ブルース・コンテというギタリストが結構好き。「Soul inspiration」は、ファンキーで少し泥臭い彼のカッティングの影響が出てるかも
とのこと。【会報『DEENIM』Vol.23(2000年発行)、p.3】
最近はアコースティックなものなど、癒し系を聴く。【会報『DEENIM』Vol.42(2005年発行)、p.12】
好きなアーティストは、自分の原点であるゲイリー・ムーア。【会報『DEENIM』Vol.42(2005年発行)、p.12】
お気に入りやおすすめのCDは『the Guitar songs』というコンピレーション・アルバム。【会報『DEENIM』Vol.42(2005年発行)、p.12】
日本で一番憧れているギタリストは増崎孝司さん。外国ではゲイリー・ムーア。【2013年2月27日放送、文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ!」より】
発言集
音楽について
僕にとって音楽とは趣味の域から絶対外れないもので、あまり職業という意識もないんです。楽しんでいる事が音楽でありその楽しんでいる姿が音に出て、聴いている人にそのまま伝わればと思っています。
【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.7】
歌が入っているものを演奏する場合は歌重視でありながら、かつ他の楽器に対しての自分の役割や関係も常に気にしながら弾くということを一番に心掛けてます。
今まではとりあえず自己満足が第一条件だったんですけどね~。
【会報『DEENIM』Vol.3(1995年発行?)、p.7】
セカンド・アルバム『I wish』について。ファースト・アルバムと比べて、ギタリストとしての意識が変わった。以前はどうしたらDEENっぽく弾けるのかなど考えていた。今回は自分の色が出せたらいいなという考えになった。【会報『DEENIM』Vol.8(1996年発行?)、p.6】
ライブを経て、音楽は「生きがい」になった。今までは音楽が好きでやってて、それで生活してるという思いがどこかにあったんですが、「生きがい」になったんですよね。ライブをやって「この感動を得るために、ここまでやってきたんだ」と。
【会報『DEENIM』Vol.9(1996年発行?)、p.13】
1997年の後半にギタリストの研究をしていた。ギタリストの曲を聴いて、良いと思ったフレーズ(10秒くらい)をどんどんコピーしていた。ギターキッズ時代はまるまるコピーしたけど、今はいかに自分に持っていない部分を吸収するかってことですからね。
【会報『DEENIM』Vol.13(1997年発行)、p.6】
DEENとして1997年に感じたこと、変わったことは?ただ単に曲の演奏技術を高めるだけでなく、いかにしてよりバンド感を出していくかとか、ファンイベントのアコースティックライブを通して、みんなで歌うことの重要性とか、アンサンブルとかに対しても敏感になりましたね。
【会報『DEENIM』Vol.13(1997年発行)、p.6】
リスナーからのニーズに僕たちは応えるから、リスナーの方ももっともっと楽器のプレイだとか音色とか、そういうものを深く探求する力を付けていって欲しい。願わくばプレイヤーとリスナーが、互いに切磋琢磨しながらより上へ上へと成長していく…そんな関係で居たいと思うんです。
【会報『DEENIM』Vol.32(2002年発行)、p.7】
ギターは原形をとどめないくらいいじる。ギターを始めた頃からいじっている。【Yahoo! オークション Guitar Labo「田川伸治さんインタビュー Vol.2」、http://topic.auctions.yahoo.co.jp/music/guitarlabo/tagawa01/tagawa01_02/、2012年5月4日アクセス】
レコーディングは、ああでもないこうでもないと何回も繰り返すので、そのうちに新鮮さがなくなってしまうんですね。いつもそれに苦労するんですよ。レコーディングもできるだけライブと同じようなテンションを保って、できるだけ少ない回数で済むように集中することを心がけていますね。
【Yahoo! オークション Guitar Labo「田川伸治さんインタビュー Vol.3」、http://topic.auctions.yahoo.co.jp/music/guitarlabo/tagawa01/_vol3_21/、2012年5月4日アクセス】
これからギターを始めようと思っている人へのアドバイス。絶対壁にぶち当たるので、いかに嫌にならない方向に逃げ道を作ってやるかということだけですね。これをやらなきゃいけない、みたいな登竜門的なものは絶対に設定しないことですね。
【Yahoo! オークション Guitar Labo「田川伸治さんインタビュー Vol.3」、http://topic.auctions.yahoo.co.jp/music/guitarlabo/tagawa01/_vol3_21/、2012年5月4日アクセス】
そのうちにきっと指も動かなくなるし。本当に弾きたくても弾けなくなる……そう思ったら、やれるところまでピークを作っておきたいっていうのはありますよね。
【Yahoo! オークション Guitar Labo「田川伸治さんインタビューパート2 Vol.4」、http://topic.auctions.yahoo.co.jp/music/guitarlabo/tagawa02/tagawa02_04/、2012年5月4日アクセス】
音楽活動は[制作]と[ライヴ]、主にこの2つの柱がしっかりあってこそのものだと思うので、どちらかに偏ってしまっても良くないと感じています。
【制作=充電】
【ライヴ=放電】
そして[活動を休止する]ことは充電にも放電にも当てはまらないと僕自身は捉えています。
【「DEEN OFFICIAL BLOG ~瓦版~」、2008年2月11日の記事】
CDを完全再現しようとしていた姿勢から、それよりも今この瞬間・この空間でしか表現できないものを自分たちの内面から引き出す方向へとアプローチが変化している感覚は実感としてあります。
なぜならば、それこそがライヴだからです。
【DEEN公式ブログ、2011年1月11日付の記事「@鹿児島」、http://gree.jp/deen_g/blog/entry/539442263、2013年7月1日アクセス】
自身について
DEENに加入したときの気持ちは?自分が加入したことで変わったと言われるのが恐かった
ダンサブルなものが得意で、フォークギター、アコースティックギターを弾くことはあまりなかった。だから入った時に「自分のスタイルだけじゃ通用しないバンドだな」っていうのもわかったし、逆にそういうところからひとつひとつ、自分の音楽性を広げていける、良い環境に飛び込んだなと思っていました。
【会報『DEENIM』Vol.14(1998年発行)、p.5】
ギターを始めたときから変わらない部分、変わった部分について。変わらない部分は探究心と向上心、人前で演奏できる喜び。変わった部分は使命感を持ったこと。ギターの魅力を知ってほしい、ギターを弾いている人には「もっと頑張ろう」と思ってほしい。【会報『DEENIM』Vol.28(2001年発行)、p.9】
アコースティック・コーナーでのトークについて。山根さんはしゃべれば場が和むキャラクターだが、自分はそういうキャラクターではないため内容で和ませないといけないと思っている。【会報『DEENIM』Vol.38(2004年発行)、p.5】
ライブによって変わったことは?最初の頃はDEENの中のギタリストとして、どうギターのおいしいところを出すか?ということばかり考えて、ライブにもそんなスタンスで臨んでた。でも、今はギタリストとしての欲求を満たすより、音楽としてどう楽しませる、魅せる、聴かせるかということを客観的に考えるようになったな。
【「DEEN LIVE JOY-Break12 ~Road to 武道館~」のパンフレットより】
自分は途中から加入したという経緯もあり、DEENに相応しいミュージシャンなのか? と悩んだことも。すでに爆発的な人気を持っている、スペシャリストが集まったチームに追いつかなければいけない、認められなければいけないという葛藤に焦った日々もありました
【『DEEN PERFECT SINGLES +』の新星堂版セルフライナーノーツ】
DEEN加入前
- 年数不明
- 物心ついたときから音楽が好きで、ラジカセとレコードをお小遣いで買っていた(注1)。邦楽おたくで、ロック等は聴かなかった(注2)。
- 1984年 / 14歳
- 中学二年生。クラスにギターのうまい人がいて、爆音でハード・ロックを演奏する姿に憧れ、ギターを弾き始める。(注2)
- 1986~1988年 / 16~18歳
- 高校に入学し、バンドを組む。他校の生徒とも組む。バンドを組むことでハード・ロック以外の音楽に触れ、ポップな方向も意識し始める。(注2)
- 「音楽家になりたい」と親に言ったら「お前には無理だ」と反対される。高校二年生のときから「音楽専門学校に通いたい」と説得し続ける。(注1)
- 高校三年生のとき、上のレベルを目指して社会人のバンドに参加する。(注2)
- スタジオ・ミュージシャンになりたいと思う。理由は「スタジオに呼ばれ、譜面を見てパッと弾いて帰るカッコよさ」を感じたため。(注2 / 他にも様々な理由があったと思いますが)
- 1989~1990年 / 19~20歳
- 東京のヤマハ音楽院のギター科に通う(注3)。卒業と共にギターの講師の免許を取得(注4)。
- 1991~1993年 / 21~23歳
- ギターの講師になる。一週間に最大で80人くらいに教える。それと平行してバンド活動を行う。そのうちスタジオ・ミュージシャンという職業を経験する。(注4)
- 1994年1月8日 / 23歳
- DEENに正式加入。
- 注1: 2008年4月29日放送のFMヨコハマ「Tips Town」にて発言。
- 注2: 「Yahoo! オークション Guitar Labo『田川伸治さんインタビュー Vol.2』」より。
- 注3: ヤマハ音楽院の改装前のサイトには、卒業生として田川さんの名が書いてあった気がする。
- 注4: 2008年12月4日放送のJ-WAVE「PLATOn」にて発言。
ギターを弾き始めた理由
15歳頃からギターを始めた。クラスにギターを弾くのがすごく上手い人がいて、カッコイイなと思ったのがきっかけ。通信販売の安いエレキギターを買った。最初にコピーしたのはアルフィーの「星空のディスタンス」のイントロ(指一本でできるため)。【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.6】
中学二年生の冬休み、お年玉でファミコンを買おうと思ったが、ソフトも買わなくてはいけないし自分の部屋にはテレビがない。その頃まわりではハードロックの影響でエレキギターもひそかに流行っていた。「ようし、これならソフト代なんか必要ないし、ファミコンが上手いよりギターが上手いほうが当然カッコイイよなー」といった感覚でギターを買った
。しかしアンプやシールド、ピックに弦と、とにかく必要なものが多く、お小遣いがいくらあっても足りない状態に。それでも少しずつ買いそろえた。【会報『DEENIM』Vol.6(1996年発行?)、p.10】
ギター講師
会報『DEENIM』Vol.16(1998年発行、p.10)に、田川さんは以前ギター講師をしていたことがあると、さも当前のように書かれている。これ以前にもどこかで話したことがあるのだろうか?
DEENに加入するまでギターの先生をしていた。教え子の中にはキンモクセイの後藤さんがいた。(池森さんの話を要約)【2005年8月8日放送のbayfm「IKE-IKE-FOREST」19回目より】
ギター講師を務めながら、いろいろなタイプのギターが弾けたらいいなという思いからスタジオ・ミュージシャンの道へ進んだ。【2006年2月13日放送のbayfm「夜カフェdeen」7回目より】
「DEEN Summer Resort Live '07」の茨城公演のオープニング・ムービーでは、栃木県で教えていたと発言。
バンド活動
ファースト・ソロ・アルバム『A SURVIVED SCARECROW』の解説書には、音楽専門学校に2年間通う
、卒業後、3年ほどラテン・ファンク・バンドで経験を積む。そのバンドと並行してスタジオ・ミュージシャンの仕事も始める
とある。そのバンドとは、「木戸紅男 & The Oriental Gang Stars」だろうか? メンバー・チェンジで田川さんが加入した模様。バンドのオリジナルCD第一弾として『勢』を1990年12月20日に発売。
バンドは1991年7月21日、『ヨコハマ・ナターシャ』でメジャー・デビュー。「NEW YEAR ROCK FESTIVAL 1990-1991」と「NEW YEAR ROCK FESTIVAL 1991-1992」に参加したこと以外の情報なし。
スタジオ・ミュージシャン
「KEY WEST CLUB(中谷美紀さん)」が1992年6月21日に発売したアルバム『UNBELIEVABLE』に参加しているらしいが、クレジットに名前なし。
田川さんは、スタジオ・ミュージシャンとして、ある編曲者の仕事をしていた。その人はDEENも手掛けていて、そこでDEENと出会った。その後、なぜかDEENのメンバーとして参加することになった。【「Yahoo! オークション Guitar Labo『田川伸治さんインタビュー Vol.1』」より】
その編曲者は、田川さんと同じ専門学校の出身で、当時「Being」を中心に活躍していた。そのうち他の編曲者からも仕事の依頼が来るようになった。【「Yahoo! オークション Guitar Labo『田川伸治さんインタビュー Vol.2』」より】
推測ですが「その編曲者」とは、大島康祐さん?
補足
19歳から20歳の頃、ものすごく練習していた時期がある。【会報『DEENIM』Vol.4(1995年発行?)、p.8】
音楽の道に進もうと思ったのは高校三年生のとき。【会報『DEENIM』Vol.5(1995年発行?)、p.8】
上京後は家賃1万9千円の、山のてっぺんの、風呂無し・トイレ共同
の物件に住んでいた。【会報『DEENIM』Vol.11(1997年発行?)、p.6】
以下、すべて「DEEN LIVE JOY-Break11 ~Diamonds~」のパンフレットより。
田川さんのルーツは西城秀樹さんだという。
田川さんウチの両親はTV以外で音楽を聴くなんてことなかったから、流れてきたのはもっぱらベストテン番組。みんなキラキラしててカッコよくて。だから最初は歌手に憧れたんですよ。
カラオケが一般的な時代ではなかったから、自分の実力を比べるとしたらテレビの歌手だけ。
田川さんこんなにヘタじゃ歌手には到底なれないと思った
そこでギターと出会った。
田川さん“光が見えた”って言っても過言じゃなかった。歌には限界があったけど、当時中学で他にギターをやってるヤツは少なかったし、ギターなら今から頑張ればヒーローになれるんじゃないかと思って。
高校時代は掛け持ちでバンドをやった。そのためスタジオ代がかさんでしまい、悩んだ結果そうだ、社会人とやればスタジオ代を出さなくてすむかも!
と思いついた。しかしそうして違う世代の人とやったことで初めてプロ意識を持った。
音楽漬けになりたくて上京し、専門学校に入った。そして……
田川さん自分が地元で“ピノキオ”になっていたことを思い知らされました
ひたすら努力する日々が続いた。練習でバイトもできなかったためお金がなく、誰かの家に泊まらせてもらっていた(家は借りていた様子)。
田川さん卒業後はギター講師とスタジオミュージシャンをやりながらも、つねにプロへのチャンスを狙ってました。やっぱり表に出てこそ…と思っていたので