池森さんの発言集

このページは、最近は熱心に更新していません。管理人が満足したからです。

音楽について

ボーカルを目指している人へのアドバイス。
やはり、歌は真心かな(笑)。人に伝えられる歌を歌えればいいと思います。僕もそれが、目標ですから。
【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.2】

音楽を始めた頃は人に何かを伝えたいという意識はあまりなかった。
ただ音楽に影響を受けて始めたわけだから、自分達の音楽で影響を受けた人達が夢に向かって大きくなってくれればこんな嬉しい事はないです。
【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.2】

特に目標にしているアーティストはいないと言うが、
30歳を超えるぐらいにはルーサーヴァンドロスみたいな歌が歌えればいいと思います。まぁ、夢のような話ですけど(笑)。とにかく、ソウルフルな歌を歌いたいです。
【会報『DEENIM』Vol.2(1995年発行?)、p.3】

ピッチャーには“一球入魂”という言葉がある。僕もボーカリストとして“一音入魂”を心がけています。【会報『DEENIM』Vol.8(1996年発行?)、p.7】

一時期、あまりにも自分を客観的に見すぎて苦しい時もあったけど、ステージに上がって、音楽の世界に入り込める自分が現われ始めたかな。殻を少し破れたっていう手応えはあります。
【会報『DEENIM』Vol.9(1996年発行?)、p.13】

音楽に育ててもらっている感じがする。音楽によっていろんな世界を広く見ることができる。例えば人間関係。誰でも、誰かを責めたり人のことを気にする。そんなとき、「誰かを責めたり人のことを気にするのは自分の目標に役立つことなのか」と問いかけてきた。すると自分の夢とは懸け離れているとわかった。アマチュアの頃からそう問いかけてきた。問いかけるもの=音楽が、自分の中にあった。
※うまくまとめられていません。気になった人は原文読んで!【会報『DEENIM』Vol.14(1998年発行)、p.4】

以前池森が、「自分たちの曲で元気になってくれる人たちがいるのは本当に嬉しい。励みにもなるし、音楽をやってきて良かったとも思える。だけど、本当のことを言ってしまうと、音楽は誰のためでもない、自分のためにやっているんです」と語った。しかし、それが決して自己満足に終わっていないのは、1度でも彼らのライブを体験した人なら分かるだろう。
【会報『DEENIM』Vol.17(1998年発行)、p.2】

「Guilty ~消えることのない罪~」についての話の中で。
いつも言うんだけど、作品が世に出た瞬間からは、みんなにどう思われるかは任せてる。
【会報『DEENIM』Vol.17(1998年発行)、p.5】

僕達は音で繋がっている。そして音楽には自分達が考えている以上の影響力があることも、この7年間で理解できた。それだけ音にはパワーがある。これからは今まで以上にそれをもっと意識してやってみたいな。
【会報『DEENIM』Vol.22(2000年発行)、p.4】

今のミュージックシーンは若い人だけの世界よね、って思われていることがすごく悲しい。もちろんみんながそうじゃないだろうけれど、多分一般的にはそうだと思うんだよね。いくつになったって音楽はみんなのものでしょう?じゃあ何が原因かっていうと、日本の曲で大人の人が聴いていいと思えるものが少ないってことじゃないのかな。それは厳しい言葉として自分たちも受け止めてやっていきたいと思う。
【会報『DEENIM』Vol.29(2001年発行)、p.5】

我がことながら、DEENっていう“存在”を感じるんですよ。僕はDEENのボーカル、田川はギター、公ちゃんはキーボードっていう、プロジェクトチームのような、そういう関係がいいんだと思う。ハッキリとはわからないけれど。もしかしたらDEENがオリジナルなペースで10年やってこれたヒントは、ここにあるのかもしれないね。
【会報『DEENIM』Vol.35(2003年発行)、p.7】

アマチュア時代、デモテープを作って送ったとき「何か一つ伝わってくるものがない」と言われ、目的がない所に歩くような気持ちになった。悩んだ。振り返れば「うまく歌おう」と思ったときは伝わっていない気がする。人前で歌うこととボーカルレッスンは分けて考えたほうがいい。今も調整のためボーカルレッスンに行くことがある。そこのトレーナーも、ボーカルトレーニングとシンギングトレーニングは違うと言う。「うまく歌おう」という気分よりも、無心で相手の魂に響くような…というような思いがいいと思う。【2005年7月18日放送のbayfm「IKE-IKE-FOREST」16回目より】

僕はLIVE JOYがあったからこそ、ここまでやってこれたんじゃないかと思う
【「DEEN LIVE JOY-Break11 ~Diamonds~」のパンフレットより】

僕達は学生の頃から目標を一つにデビュー目指して一緒に過ごしてきた訳ではないので、デビュー以来「DEEN」を追い続けてきた事で少しずつ「DEEN」が完成してきた感じがします。
【会報『DEENIM』Vol.58(2009年発行)、p.15】

座右の銘を聞かれ、座右の銘ではないが、「音楽とは?」と聞かれたら「コーチ」だと最近答えていると話した。監督でもヘッドコーチでもなく、コーチ。すべて音楽から教えてもらった。憧れの音楽があった、好きなことをやりたいがために学ぶ、それも音楽から。音楽は常に自分より少し上にいる。【2023年12月17日放送、FMヨコハマ「プラする~あなたにプラスするラジオ~」より】

自身について

自分のすごいところを聞かれて。
絶対ネガティブにならない。ストレスがない 確かにデビュー当時なんかはいろいろありましたけど、どれもこれもいつかは自分の力になるんだと思えばストレスなんかにならないですからね
【会報『DEENIM』Vol.12(1997年発行)、p.17】

『和音 ~songs for children~』発売時。
今までずっと“ルーツはブラックミュージックです”なんて言ってきましたけど、それは違いました(笑)。ブラックミュージックは憧れで、ルーツじゃない
【『The MUSIC CREATOR』Vol.12(ドレミ楽譜出版社)、p.121】

『夢で逢えたら』発売時。
最近はようやく肩の力が抜けてきたことで、ボーカルで表現するうえで必要なこととかもだいぶ見えてきた気がするんです。声の響きってやっぱり大切だなっていうことだったり、自然体であることの大事さだったり…
【『CD HITS!』2002年6月号(学習研究社)、p.78。たぶん】

『Birthday eve ~誰よりも早い愛の歌~』発売時。
最近は頑張っててもムリに頑張り過ぎなくなった。これは、今まで力を入れながらいろんなことを試してきたからこそ得られたものだと思う。どう歌えば自分の声が一番響くのかとか、やっと自分のことがわかってきた気がします
【『CD HITS!』2002年10月号(学習研究社)、p.89。たぶん】

『レールのない空へ』発売時。
まさに、デビュー当時からするとボーカルスタイルはまったく変わってます。昔は高音域の部分を勢いでやれていて。それが今は、ファルセットでゆったり楽に出せるようになった分、自然と低音も伸びてきましたね。
【無料冊子『けむナビ』2004年8月号】

今もなお夢の中にいると思っている(言い聞かせている)。プロの音楽家になるという夢が実現して、13年ものあいだ続けられて……。決して当たり前に思っちゃいけないと、いつも心掛けている。
【2006年6月19日放送のbayfm「夜カフェdeen」25回目より】

ライブによって精神的に強くなった。
【「DEEN LIVE JOY-Break12 ~Road to 武道館~」のパンフレットより】

池森さんは武道館ライブの一週間ほど前にプロアスリートのコンディショニングトレーナーと知り合い、武道館に向けてのメニューを考えてもらった。そのため池森さんはとても調子が良く、ライブ直後もかなり元気だった。それからは次に向けて作ってくれたメニューを毎日続けている。
鍛えるのが楽しくなってきた(笑)。
【会報『DEENIM』Vol.56(2008年発行)、pp.2-3】

23年後のドームツアーまで一緒にがんばりましょうね
【「DEEN OFFICIAL BLOG ~瓦版~」、2008年12月1日の記事】

2年連続で武道館公演なんて、本当に夢みたいな話ですけど、夢は絶対口に出したほうがいいんです。つくづくそう思います。夢を掲げて、それに向かって走り出すと、不思議なことにたくさんの人がサポートしてくれるんですよ。だからレーベルの大・大先輩である小田和正さんを目指し、61歳で東京ドーム! 今から宣言しておきます!
【『月刊Songs』2009年3月号(ドレミ楽譜出版社)、p.69】

『DEEN NEXT STAGE』発売時。
10年前から「DEENの背中が見えてきた!!」と言い続けてきましたが、今回のアルバムで僕もやっとDEENのボーカルらしくなれたという気がしますね。
【会報『DEENIM』Vol.58(2009年発行)、p.7】

最近、「マッチョにならないでください」という手紙をもらうことが多いという池森さん。
鍛え抜いてステージで脱いだり見せたりは一切ありません(笑)。
【会報『DEENIM』Vol.58(2009年発行)、p.8】

アマチュア時代自分の背中を押してくれたのは「夢を叶えたい!!」という“情熱”でした夢叶ったこの状況に慣れてしまわない為にも「今はまだ夢の途中」と思うようにしています。
【会報『DEENIM』Vol.58(2009年発行)、p.14】

Break13を終えて。
今回のツアー中に各地で宣言してきましたけど、レコード会社の大先輩である小田和正さんが昨年61歳でドームツアーを行ったんです。それがすごく励みというか勇気を頂いて、僕達も同じ事をしたいなと思いました。
【会報『DEENIM』Vol.58(2009年発行)、p.15】

ダンスのレベルをアップさせたいな。デビュー当時は、スタッフに無理やり行かされていたダンスレッスンですが(笑)、今となっては、ひと通りの基礎を学ばせてもらって本当に良かったなぁと、しみじみ思います
【2011年4月号『月刊Songs』(ドレミ楽譜出版社)、p.45】

歌詞について

思いついたフレーズをノートに書き留めることもしているが、自分の中に物語が出来ていないと歌詞が書けない。歌詞を通して伝えたいことは愛。DEENの音楽でほんの少しでも愛が増えるように、そのためにたくさんの人に聴いて感じてもらえるような詞を書いていくために、いつもアンテナを立てている。映画や本、人の話やファンレターも参考になるという。
【会報『DEENIM』Vol.3(1995年発行?)、pp.6-7】

作曲と作詞では、作詞の方が難しい! 作曲なら1コーラス分で済むところを、作詞だと2コーラスもしくは3コーラスを全部違う内容で書かなきゃだめだったりするので。
【会報『DEENIM』Vol.4(1995年発行?)、p.12】

歌詞はサビから作る。曲を聴いてイメージを決めると、テーマになるサビのフレーズが自然と浮かぶという。そこからどうしてこのテーマなのかと考えて書いていく。
【会報『DEENIM』Vol.8(1996年発行?)、p.4】

「君の心に帰りたい」についての話。
こういう詞を書くと、いつもこんな経験をしてるのかって思われるんだけど、経験がなくても頭の中で作れちゃうんだよ。それが良いのか悪いのかわからないけど…。ただその感情も、僕の気持ちであることは確かです。
【会報『DEENIM』Vol.8(1996年発行?)、p.5】

歌詞を書いているとき、学生時代に気になった子などを思い出すときがある。
【会報『DEENIM』Vol.14(1998年発行)、p.2】

歌詞を通して何を伝えたい?
伝えたいことをストレートに伝えるだけじゃなくて、自分の思っていたイメージが「作品」としてちゃんと成立しているかどうかをすごく気にするようになりましたね。でもやっぱり夢を感じられるものがいいな。これからも憧れや夢をたくさん形にしていきたいです。
【会報『DEENIM』Vol.14(1998年発行)、p.4】

『The DAY』発売時。
詞の深さやおもしろさが前以上にわかってきた
【『CDでーた』1998年12月20日号(角川書店)、p.55】

ほとんど映像から歌詞を書く。曲ができたあとに歌詞を書くため、その曲が持っている何かから引き出されることもある。口では言えないことを歌詞にしている部分もある。
【無料冊子『LAWSON TICKET with Loppi』(1998年12月15日配布)、p.33】

『JUST ONE』発売時。
僕は文字の表現で書いていくタイプじゃないのね。文字にする前に自分の中でドラマ設定をして、そこから「じゃあこういう心境も来るんだろうな」という書き方をすることが多いですね。
【『月刊歌謡曲』1999年9月号(ブティック社)、p.8】

『JUST ONE』発売時。
詞は、やはり自分自身を投影しているものだと思うし、こうありたいという思いもそこにはある。
【『CD HITS!』1999年8月号(学習研究社)、p.78。たぶん】

よく「歌詞は実体験ですか?」なんて聞かれるけど、全く懸け離れてはいないと思う。知識だけで書ける訳ではないし、やっぱりどこかに自分を置いてしまうというか、自分だったらどうするだろう、とか考えて書いています。
【「DEEN LIVE JOY-Break4 ~Soul inspiration~」のパンフレットより】

『UTOPIA』発売時。今までは「10曲あるから、この曲は恋愛観で、この曲はポジティブに」など、アイテムをはめ込んで歌詞を書いていた気がするが、ここ最近は「自然な姿でやればいい」と思うようになった。
【『WHAT's IN?』2003年11月号(ソニー・マガジンズ)、p.119】

『UTOPIA』発売時。
男女のラブソングや、別れた、振られたという歌は、個人的にはあまり好きではないんですよ。それにそういう歌を僕が特に書かなくても良いかな、と最近思うようになっているんです。
【タワーレコードのWebページ(詳細失念)、2003年】

ここ最近自分達のキャラクターをちゃんと理解して曲を作るっていうことを考えると、ダークな歌詞を書かないようにしてるんですよ。ダークでももうちょっと自分の生き方とかさ、自分で「いつもこうなんだよな~でも(がんばろう)!」みたいな。僕らなりにがんばってるみんなを応援するっていう観点になってきたんですよ。フラれた云々っていうラブソングはしばらくは書かないと思う。
【会報『DEENIM』Vol.39(2004年発行)、p.3】

「Summer Breeze」についての話の中で。歌詞は経験したことだけを書いているわけではない。それといつも思っていることがある。
たださみしいとか、ただハッピー!好き!っていうのはどうなのかな、っていつも思ってるんだよね。
【『月刊歌謡曲』2004年8月号(ブティック社)、p.11】

暗記力がある。コンサートは不安材料がたくさんあるから一つでも不安を減らしたいという思いがある。だからか歌詞は覚えようと思わなくても覚えられる。【2005年5月30日放送のbayfm「IKE-IKE-FOREST」9回目より】

デビュー前まで詞なんて書いたことなかったんですよ。作文も大嫌いだったし(笑)。
【『月刊Songs』2006年11月号(ドレミ楽譜出版社)、p.27】

ブログをよく更新しているが、それは写真も載せられるから。写真を載せて、その説明を書いている。
僕は基本的に、書くのは好きじゃないんですよ。歌詞なんてほんとしぼり出すようにやっていますから(笑)。
【ココログ「ココセレブ: Specialインタビュー Vol.64 後編」、http://celeb.cocolog-nifty.com/interview/、2008年5月】

デビュー当時かデビューする前、作詞とか作曲の勉強をしているときに、「アーティストを設定しなさい」とよく言われた。たとえば、矢沢永吉さんの歌詞で「僕」というのはほとんどないと思う。「俺」という表現をしている。でもDEENの作品で「俺」という言葉を使っている曲はおそらく一曲もない。おそらくプロデューサーはそういうことを言いたかったんだと思う。たとえば自分の作品を書くにしても、自分のことを表現するときに「俺」と言う主人公なのか「僕」と言う主人公なのか、アーティストの誰が歌うんだ、誰に届けるんだということをよくイメージしなさいと言われていた。まさにそのお手本じゃないが(「遠い空で」を小松未歩さんが書いてきたときに)CMのスタイルと山口智子さんが出演する、僕たちが歌うという、そのすべてのバランスが素晴らしいなと思った。【2008年9月29日放送のbayfm「夜カフェdeen」143回目より】

歌詞は99%自宅で書く。1%はツアー中に書くことがある。午前中に歌詞を書く。午前中に書けなかったらその日は書かない。歌詞のアイデアなどをノートに全然書き溜めていない。デビュー当時は書き溜めていたが、それがあまり活きなかったため変わっていった。【2014年2月10日放送のFMヨコハマ「YOKOHAMA RADIO APARTMENT ドア開いてます!」より、池森さんの話を要約】